ワクワクなき物の購入に伴う苦痛

会計年度末や補助金利用などの際に無理にお金を使うことがあります。使うというよりも節税であったり使った金額分のうち大半が返ってくるからという理由で購入するような感じです。

昔からあまり物欲はないため、

「この金額分何かに使ってください」

と言われても結局、絶対に消費するであろう消耗品を買っておいたり、古くなったものを買い換えたり、身近な人にあげるものを購入したりといったことばかりになりました。

一応新しいものが手元にやって来るということになりますが、そこには特にワクワクがありません。

「やりたいからやった」というより、「まあやっておいた方がいいだろうからやっておこう」といったような属性のものだからでしょう。

そう思うと、最近では特に顕著ですが、一応のリーダーのような人たちも、結局誰かが書いた原稿をただ読み上げたり、フレーズを強調したりといった感じで、やっていることは「役者さん」と変わらないというようなことを思い返したりします。

そこに自分の強い意志のようなものは反映されていないからです。

さて、手元に新しいiPadやPC(先日のものとは別のさらにもう一台の方)などがやってきましたが、特に何か新しいことができるわけでもなし、Wi-Fiの設定をした程度でほとんど放置状態になっています。

そうしたものはあまり触らず、先日から浦沢直樹氏の20世紀少年、21世紀少年を2回読み返したりしています。

そして「とーもだち!とーもだち!」とつぶやきながら、「残りの予算消化はどうしようか」というようなことに憂うような日々を送っていました。

変な話ですが、物を欲しがらない自分に「欲しい物を指定しろ」と言われるのは意外と苦痛です。

別に本質的な「懐」が痛むというわけでもないので、支払いの苦痛というものではないのですが、特にワクワクもしないものの事を考えるというのは良い時間ではありません。

ということで、消極的な感じで考えた結果、税務上消耗品でありながら多少は資産として勘定できるようなものか、今後のコストの圧縮か、人にあげるものを買うかというような感じでまとまりました。

元々物を買い換えること自体も好きではありません。「潰れるまで使う」というのを基本としています。まだ「機能」があるのに捨てるというのは、物そのものやそれに関わった人たちに失礼になる、という感覚があるからです。

収益を上げるということの方が考えていて楽しく、使うということに関しては特にワクワクがないということを実感しました。

収益を上げることに対する直接的なコストであればそうでもなかったのでしょうが、やはりそうしたものには直接的には関係のない「消極的な発想」からは、楽しみというものは生まれないようです。

といっても一応大切に使おうと思います。

Category:miscellaneous notes 雑記

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