倫理的世界秩序の妄想
あらゆる罪が贖われ償われることを要求したような、永遠の必然性は全く存在しない。― そのようなものが存在するというのは、罪として感じられるすべてのものは罪であるということが妄想であるのと同じように、恐ろしい、ほんの僅かな部分だけしか有益でない妄想であった―。物ではなく、全く存在しない物についての意見が、人間の心をそのように乱したのである! 曙光 563 世界平和を夢見る人たちは数多くいます。おそらくそれは今現在だけの話ではなく大昔からです。 社会的に見れば、争いの種はほとんど「君主」にあります。 国と国の戦いは国同士
洗脳系自己啓発コンサルタントの実態
洗脳系自己啓発コンサルタントの実態ということで、カルト並みに洗脳された自己啓発コンサルタントに会ったので、書き記しておきます。 以前、胡散臭いコンサルの次はポンコツなコンサルで、胡散臭い経営コンサルタントやポンコツなコンサルタントについて書きましたが、今回はカルト宗教並の洗脳状態を目の当たりにしたので、自己啓発への警鈴という「自己啓発」コーナーを設けようと思ったしだいです。 自己啓発やコーチングのようなもの自体を全て否定するわけではありませんが、今回の例のような洗脳状態を作り出してしまうおそれがあるため、実態を公開
認識と美
人間たちが依然として行っているように、彼らの尊敬と幸福感とを、想像の仕事と偽装の仕事とのためにいわば取って置くなら、想像と偽装とが対立する場合、彼らが冷淡と不快を覚えても驚く必要はない。 曙光 550 序 どんな業種にも共通して言えることですが、概ね抽象的な本質を掴んだものだけが勝っていきます。 おそらくこのあたりのズレが、ぽっと出の居酒屋なんかをすぐに廃業に追い込んだりしているのでしょう。 特にそれほど好きではないのですが、スティーブ・ジョブズなんかはその本質を捉えることに関しては天才的だったと思います(といって
奴隷と理想主義者
奴隷と理想主義者ということで、いかにも奴隷で理想主義者っぽく映る人々について書いていきましょう。 日本でも2017年時点で戦後70年ちょっとくらいですが、終戦直後は焼け野原、その頃は今とは随分違った「普通」があったはずです、その後高度経済成長期などを経て、何故か日本のスタンダードのようなものが確立しているかのような風潮があります。 歴史としても半世紀くらいで、しかも状況は様変わりしているはずなのになぜか人生観だけは固定化されているような変な風潮です。 20歳位の時、つまり活字中毒の時に、よくこんなことを考えていて、
信者の値打ち
自分が信仰されることに重点をおき、この信仰に対して、だれにでも― たとえ十字架上の犯罪人であっても― 天国を保証する者は、恐ろしい絶望に苦しみ、あらゆる種類の苦業を知った者に違いない。そうでなければ、彼はその信者をそんなに高く買うことはしないであろう。 曙光 67 曙光の一書は、宗教絡みが多いですね。 信者の値打ちということで、催眠商法のようなものについてでも書いていきましょう。催眠商法の現場に潜入し、その実態を垣間見たことがあるので、その時の様子についてです。 催眠商法は、SF商法なんてな呼ばれ方をすることもあり
僅かな服用量
自然界の中では、すごく危険な植物をはじめ、ちょっとの量でえらい目にあうような物質が意外とたくさんあります。 触っただけでもダメというものもありつつ、でもたいていのものは大丈夫なので普段はあまり気にしていませんが、ある植物の葉っぱでおしりを拭いて、その激痛に耐えかねて自殺したと言うケースもあるほど危ない植物もいるくらいですから、むやみに自然界のものに手出しするのは危なかったりします。 虫刺されでもすごく強烈な毒を持っている虫もいますから侮れません。ブトでもあのサイズであの腫れ具合ですからね。 必要量や摂取量 まあそん
人間と国民は何によって光沢[ツヤ]が出るか
われわれがそれを行う前に、誤解されることを見抜いたり邪推したりするために、どんなに多くの純粋に個人的な行為が中止されることであろう! 曙光 529 前半 まれに、自分で「交渉上手だ」と思っていながらも、結局損をしている人がいます。 確かに「厚かましいお願い」でも、プラス10%くらいのオマケなら、ゴリ押しで何とかなります。 でも短期的には得をしても長期的に見ると損をしている人が案外多いのです。 「厚かましいお願い」やゴリ押しで、その場は得しているように見えますが、結局大きなものを失うという感じになっていきます。 とい
隠れた人たち
世の中では表舞台に立たずに黒幕に徹している人たちが結構います。 そうすることで、ふとした時の怒りの矛先が自分に向くこともないからです。 意図的に誰かを担ぎ上げているというわけではなく、そうした人を自由に泳がせて、間接的にサポートする形で表舞台に立たせ、いいように使っているという場合もあります。 あえて表には出てこない隠れた人たちは、世の中を動かしつつ「世間からは隠れているため、怒りの矛先が自分たちには向くことはない」という構造をうまく利用しています。 黒幕に徹する理由 企業などの組織でやたらと階層・階級などもが多い
強い人たちに
諸君、強くて高慢な精神の持ち主たちよ、たったひとつだけ諸君にお願いがある。われわれ他人に新しい重荷を課さずに、われわれの重荷の幾分かを諸君で引き受けてくれ。いうまでもなく諸君は強い人たちなのだから! 曙光 514 前半 わざわいだ!偽善の律法学者パリサイ人よ! ということでしょうか。 「パリサイ人や取税人の類」ということで、案外取られがちな税金などについて書いていきます。 「働いた分の半分以上くらいは持って行かれてるよ♥」 え? となる方も多いと思いますが、一応今の日本の税制や間接的に国に持って行かれている分をトー
礼儀の条件
慇懃無礼(いんぎんぶれい)という言葉があるように、丁寧過ぎる対応で逆に相手に対する皮肉を込めているようになってしまうというパターンもあります。 礼儀の条件ということで、礼儀について触れていきますが、これは一種の洗脳であり、意識的な結界でもあります。基本的なマナーというものは「相手を不快にさせない」というものであるはずなのに、礼儀が形式的になった故に、「礼儀がなっていない」という無駄な不快感を呼び起こすものにすらなっています。 礼儀を重んじろというのはミスター脳筋こと孔子が統制のために説いた道徳です。礼儀を重んじると
発想が予算制の公務員的な人たち
まあお口直しということで、久しぶりに会社経営と商いカテゴリに投稿してみましょう。「発想が予算制の公務員的な人たち」という感じで、予算制の組織と同じような感覚でいる人達への警鈴的な感じで、経済の基本的な仕組みがあまりよくわかっていない人たちについて書いていきます。 よく「もっと平等に」みたいなことを言う人がいますが、そういう人たちの言いたいこともわかるにはわかるのですが、根本的なところを見落としている人が数多くいます。 それは、その人達の中では、「収益は一定で、あとはどう分配するかの問題だ」と本気で思っているという点
すこし重すぎる
とても正直ではあるが、愛想がよいとか愛すべき人物であるとかいうにはすこし重すぎる人々は、お愛想をいわれるとたちどころに、まじめに世話をやいたり自分の能力を提供したりして、これにこたえようとする。 曙光 389 前半 世の中には「甘え上手」というタイプの人がいます。 相手にしてはいけません。 なぜならその人達は甘えるのが上手いため、世話をしたとしても、そのお世話に対しては何も思わないからです。 ほとんど当然のことのように思っており、むしろ一度世話をすると、その次に世話を断ったときには拗ねるか、怒り出すか、関心をなくし
良心の疚しさのない悪事
良心の疚しさ(やましさ)のない悪事ということで、洗脳されてしまった人たちによる「良心の疚しさのない詐欺的営業」についてでも書いていきましょう。 「本当に頭の中はどうなっているんだろう?」 と、僕にはあまり理解できないような人たちがいます。 いい人なのですが、疚しさなく詐欺を行っているような人たちです。 ご本人は良心の疚しさなく仕事という社会的な活動をしているつもりでしょうが、売っている物自体が詐欺的商品である場合もあります。それを詐欺的商品であるかどうかを見抜けないというか、見抜こうともしないというのはどうなのか、
無政府主義者の産物としての国家
馴らしつけられた人々の国には、依然として馴らしつけられない残余の人々が存外いるものである。 曙光 184 序 「無政府主義者の産物としての国家」ということで、無政府主義(アナキズム、Anarchism)について書いてもいいのですが、政府が正しいわけでも無政府主義が正しいわけでもないというようなことについて触れていきましょう。マジョリティだからと言って正しいわけでもなく、逆にマイノリティだからといって正しいというわけでもないという点です。 たまに言っていることがありますが、世の中の普通が正しいわけでもなく、常識が正し
いわゆる動機の戦い
そこでわれわれは、動機の戦いを、様々な行為の可能的な結果の比較と取り違える。― 最も効果があり、そして道徳の発達にとって最も宿命的な、取り違えのひとつである! 曙光 129 文末 根本的な動機を探ってみるということを試みた場合でも、頭で考えていては、全然根本的ではないことを「根本的な動機だ」と結論づけで納得してしまうことがあります。 面接などで「志望動機は何ですか?」というような質問項目がありますが、ウソはすぐにバレますし、何となくそれとない、優等生的な回答をするしかなくなってしまうことがよくあります。 まあ営業
彼の「個々の物」を知る
はじめてわれわれを見る知らない人の眼には、われわれが自分自身そうであると考えているものとは全く違って見えることを、われわれはあまりにも忘れやすい。印象を決めるのは大ていは目につく個々の物以上の何物でもない。 曙光 381 前半 以前、「優美さがない」の「パーカーとスーツ」で少し書いたことがありますが、見た目で判断する人は実に多いような気がします。 見た目で判断されるからこそ、高級車や高級腕時計なんかで対人関係のアドバンテージを稼ごうとするのでしょう。 世間はそんな感じですが、僕は最近営業マンと会ったときなど、Tシャ
恐怖が変われば、安全も変わる
幾度となくお伝えしてきた「白い靴下事件」の舞台、我が母校が今年に入ってからメディア取材を受け、僕の後輩に当たる中学生たちが写真に映っていました。 その時見たものは「蛍光オレンジの靴」です。 こうしたように常識など、どんどん変わっていくものです。 さて、「恐怖が変われば、安全も変わる」です。 状況が変われば恐怖や安全の定義も変わる 状況が変われば、恐怖や安全の定義ももちろん変わってきます。 昔どこかで書きましたが、起業した人とそうでない人にはひとつの区切りのようなものがあります。 それは、ある種の社会的な観念を越えた
交渉の本質 アイツの判断による小手先のテクニックを追うな
なんだか久しぶりに会社経営と商いでも書いてみようかなぁ、ということで交渉の本質についてちょっとだけ触れてみましょう。 営業や交渉の現場において、例えばやり手の上司と同行するということがあると思いますが、そうした時に、アイツ目線でテクニックを盗もうとすると、小手先のテクニックばかりを習得し、結局すごい人材にはなれません。 実は社会のそうした現場でも、教える側としても「教えることと言えば…」ということになって、そうした小手先のテクニックを伝えてばかりいます。 しかし、こうした交渉のような局面では「交渉術」みたいなものな
犠牲の価値
国家と君主から個人を犠牲にする権利(司法や従軍などの場合のように)を剥奪すればするだけ、一層自己犠牲の価値が高まるだろう。 曙光 374 まあこれはパラドクスのようなもので、自由を欲しながら、自由にストレスを感じるということがよくあるという感じでしょう。 忙しいと休暇が欲しくなるというのが普通だと思いますが、お金が無限にあったとしても、永久に休暇ばかりだと気が狂れてしまうという感じに近いです。 自己犠牲の価値という表現は面白いですが、人から命令されることや責任感や義務感を感じて生きている人たちは、自由が与えられる事
日々使い古される人々
この若者たちには、人格も、才能も、勤勉さも不足していない。しかし彼らには、自分自身に或る方針を与える時間が決して許されなかった。むしろ彼らは、幼児から或る方針を受け取るように習慣づけられた。彼らが「荒野に送られる」に足りるほど成熟したその頃、幾分違った扱いがなされた。― 彼らは利用された。彼らから自分自身が奪い取られた。彼らは日々使い古されるものへと教育された。それが彼らの倫理学となった。 曙光 178 前半 意識の中の材料がそれほど多くない年頃に「あなたの夢はなんですか?」と聞くことは、一種の洗脳に近いと昔から思
犯罪者の悲哀
犯罪者であることが発覚したとき、彼が苦しむのは犯罪ではなく恥辱であり、馬鹿げたことをしたことに対する嫌悪であり、通例の生活必需品に不自由することである。この点を区別するためには、めったにないような敏感さを必要とする。 曙光 366 前半 梅雨時くらいからでしょうか、宝ヶ池に行くと「ガチョウの雪雄がどこにいるか」を示したホワイトボードが設置されています。 さて、かつてある哲人は言いました。 「反省する動機がないことが一番の問題だ」 彼によると、「故意の犯罪は、悪いことだとわかっていてやっているので、反省する動機がある
虚栄心
虚栄心とは、独創的だと思われることに対する恐怖心である。それ故に誇りの欠如である。しかし必ずしも独創性の欠如というわけではない。 曙光 365 久しぶりの曙光です。 ニーチェによると虚栄心とは、独創的だと思われることに対する恐怖心=「誇りの欠如」ということになっているようです。 虚栄心(きょえいしん)は、いわゆる見栄をはり、自尊心を高めようということを意味します。ブランド品で着飾ったり、立派な肩書を得たいというものから、「有名人と知り合いである」というところをもって自分の身の回りの人から「すごい人だと思われたい」と
無面接募集の生命保険契約を無効にする
ご無沙汰しております。bossuです。 考えてみれば、「お金に関すること」カテゴリーの投稿は人気(?)にもかかわらず、最終投稿は1年半以上前になります。 まあそれほどお金に関心がなくなってきているのでしょう。でも一応元プロなので、ちょうど今あったばかりのトラブル、「無面接募集の生命保険契約を無効にする」ということについて、覚書程度に書いていきましょう。誰かの役に立つかもしれませんので。 満期保険金を受け取るシーン、つまり、養老保険保険が満期になった時に被保険者の生年月日証明などを求められる時があリます。 そんな時に
実際家たち
われわれ思索者たちは、あらゆる事物の美味をまず確認し、必要なときにはそれを決定しなければならない。実際家の人たちは、結局それをわれわれから受け取るのである。彼らのわれわれへの依存は信じられないほど大きい。 曙光 505 前半 「実際家」という言葉をはじめて使うことになりました。 意味がわかるようなわからないような言葉ですね。 さて、久しぶりに連投しています。 やはり下界に長らくいると感覚が鈍りますね。 決算だ何だで、少しフラフラになりましたが、このフラフラは国家に振り回されているということです。 と気づくと一気に楽
胡散臭いコンサルの次はポンコツなコンサル
考えてみれば6月に入ってまだ一度も書いていませんでした。 いろいろな人と会う機会が多かったので、外出が多く、なかなか更新できませんでした。 さて、久しぶりに胡散臭いコンサルについて、そしてその次に現れたポンコツなコンサルについて触れていきましょう。 経営コンサルタントを代表としてコンサルタントという職業は胡散臭いという印象があります。しかし、しっかりしたコンサルタントの方がいることも確かです。 ただやはりコンサルタントと言えるのかすら怪しい、胡散臭いコンサルタント、そしてポンコツなコンサルタントというものがいること