bossu のすべての投稿

3Cで想起するもの

僕の中で、3CといえばCustomer、Competitor、Companyというのが第一候補でしたが、関連項目として、「彼氏にしてはいけない3Cとは?」「3c 付き合ってはいけない男」というものがあり、「カメラマン」「クリエイター」「カレーをスパイスから作る男」というような回答がありました。 十中八九、ヒゲメガネですね。 あ、ヒゲだけの場合もあるか。 ― ヒゲ、ヒゲ、ヒゲ、メガネ! ヒゲ、ヒゲ、ヒゲ、メガネ! ヒゲ、メガネ、ヒゲ、メガ

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あの夜道をもう一度

先ほど、独り歩く夜道で出会った陰と陽で触れていた道を二周してみました。 あまり通らない道ではありますが、夜に歩くと「ぞっ」とするような感じがする道です。 昨年4月の時は「陰陽」の面で触れていましたが、伝統的には道教においては「あえて墓場で修行する」というように、「陰が強すぎる場所にあえて行って、それに対抗する陽を活性化する」というような考え方もあるようです。 まあそのような感じなのかもしれませんね。 とにかくその道は、住宅街ですが危機的

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結局は気持ちひとつ

何をしている時よりもニーチェ等々を再読している時の方が「頭がスッキリする」という一種の異常性を持った僕は、とどのつまり、世に溢れている情報のレベルなど全く刺激にすらならない、というような程度にある意味で高耐性なのだろう言うことを思ったりします。 色々な人が色々なことを言いますが、何となく前提が違うというようなことをいつも思ったりします。 そういう時にニーチェくらいの方が感覚的にスッキリしたりします。 それは例えば、何かしらの理屈を説かれ

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ジャンク情報と「力の感情」

「ツァラトゥストラ」に出てくる精神の三段階、つまり、ラクダ、獅子、幼子の感じを体感的に思い出し、何が人をラクダ化させるのかということを色々と見渡してみた結果、現代においては、日常のジャンク情報が「力の感情」を阻害し、エントロピーを増大させているからではないかということを考えてみたりしました。 ラクダとは、結局、重荷を負う存在です。 何が重荷になるか? それは、世間一般に考えられているようなものをはるかに超えて、一切の倫理的なものが含まれ

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新年 2026

あけましておめでとうございます。 2026年になりました。 元日は例年のごとく白味噌の雑煮を食べました。 年明け早々、親友がやってきて、娘にお年玉代わりにおもちゃを買ってくれました。 その他、インドカレー屋さんに行った程度でさほど出歩いていません。 今年からは脱厄年。彼ももちろん同い年ということで、昨年までは厄年でした。そこで、同い年の友達に起こった「厄年感」を少し書き残しつつ、厄祓いとしましょう。 厄年に僕達が経験したことと現在の最強

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さよなら2025

2025年が終わります。12月生まれということで42歳になりました。数え年42歳厄年が終わります。 ということで、2025年の思い出についてでも触れていきましょう。 一人の男としての人生の最低を経て最高に まず最初に本格的な厄払いについてでも触れておきます。 きっかけはたくさんありますが、一番は、自我レベルの精神をブラックジャック自己手術並にいじったことです。 本来いじくる必要はないのかもしれませんが「次のステージへ」ということを意図し

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鏡としての現象

「自分に起こる現象も、目の前の人も自分の鏡である」 自分自身の思考というよりも、自分が自分をどのように取り扱っているのか、ということの反映としての現象である。 そんな事が言われることがあります。 まあ確かにそれはその通りです。 今回はそんなことについて、少しだけ触れていきます。 直近に起こった不思議な出来事について、思い出を書いていこうと思います。 ― 数週間前、妻がママ友さんと某ファミレスに行った時のことです。 妻がトイレに行ったとこ

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人間味や感情という尺度

AI利用がどんどん盛んになり「人間味」の価値が高まっています。スマートフォン普及の時よりさらに高まっています。 しかしねぇ… それは昔から変わらないはずなのですが、どうも「偏り」が生じているような気もします。 ― 近年出てくる言葉でかなり違和感のある言葉があります。 それは「可処分時間」です。 カスの1分1秒がそんなに大事とは思わんがねぇ… というようなことを思っているのか、思っていないのかは内緒です。 さて、人間味と感情です。 結局は

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ちょっとした体調管理

ここ数日、ダウン気味でした。毎食後に気絶、風呂上がりもダウン、という感じだったので、「やはり塩だろう」という感じで、塩を摂ると治りました。 塩分=悪のようにしたいのか何なのかは知りませんが、WHOにしても腎臓学会にしても「1日あたりの塩分摂取量を6g未満に抑えることを推奨」という、人それぞれの状況も何も考えていないアナウンスはやめてほしいですね。 普通に考えて、炎天下で重労働をしている人と、一日中家にいてドラマばかり見ているおばさんが同

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ものの見事な幼児教育

「いろいろと専門家に任せてみよう」ということで、様々な分野においてその道の人に任せることにしています。 そんな中、最近幼児教育の色々なコントラストを見たので、書き記しておこうと思います。 ちなみに、娘の教育に関して、全く学習の方に力を入れている気はありませんが、「僕の声を覚えてもらいたい」という意図からお腹の中にいる頃から絵本の読み聞かせをしていたことが影響してか「字を読む」という面は異常に発達しています。 アニメーションとして最も好ん

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パターンと反芻

自己嫌悪に陥るような思考や行動のパターンがあったとしても、その嫌な部分を消そうとしてはいけません。 そのパターンとしての情報というものは消すということができません。無限の可能性、解釈可能性、論理的な整合性としての形としては、本質的には空(くう)ですが「ある」というような感じなので、消すということはできません。 結局、現象を決めているのは「意識の向き」だけです。 それはそうなのですが、染み付いたパターン、臨場感の高いパターン、そして反芻(

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老いるショックと睡眠負債

個人的に老化自体には何の抗いもなく、何の気がかりもなかったのですが… 先日インフルエンザで入浴を控え、マスク生活をしていて、数日後にひとまずヒゲを剃ろうと思ったときのことです。 数日間のおかゆ生活による栄養不足もあってか、 アゴ髭の半数が白髪でした。 さすがに「老いるショック!」と呟かざるを得ませんでした。 しかし、数日間ヒゲを剃らなかったということが功を奏してか、ヒゲラインの肌はつるつるすべすべになっていました。 やはり普段はヒゲ剃り

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インフルエンザ中の夢

インフルエンザに罹った娘の看病によって僕もインフルエンザに罹り、一昨日の夜は38.7℃くらいの熱を出していました。 一応昨日午前中に内科に行って、抗ウイルス薬のゾフルーザを飲みました。夜には熱が下がり、何とか眠れたような気もしますがあまり眠れず、本日も多少の体温変動がありながら、多少ゆらゆらしながら過ごしていたという感じです。 38.7℃出ていた夜は、全身がタイタニック並みに震え、生まれたての子鹿のような動きになっていました。また、太も

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主要ペルソナの統合と役割の再定義

不器用さに関わる信念の再定義の続編として、「主要ペルソナの統合と役割の再定義」について、書き記しておこうと思います。 自分の行動や意志決定、現象すべてにおいて影響を与えている、特定時期に生まれたペルソナ(外面的人格)やシャドウをすべて統合し、自我レベルで人格を完成したというような感じです(正覚のような「揺るぎない安穏」とは少し分野が異なります)。 ポイントとなる出来事は、次のとおりです。 小6事件⇒小6事件① 事件と「ともだち化」の始ま

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空飛ぶブランコにて

ある日、僕はブランコを押していました。 「すごくいい天気」というわけではないですが、 きれいな空でした。 娘の遊ぶブランコを押しているだけですが、 何かの映画の主人公になったような、 そんな気分になりました。 ― そういえば、娘が幼稚園に通い出す少し前に二人でこの場所に来て 「もうすぐ何かが変わる」ということを何となく感じていた娘。 「こんな日々とも、もうお別れか。いや、休みの日もあるし、そんなことはないか」と、当たり前のことを何度も思

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家庭的な不安の正体を暴くリアルな計算

以前から、何故かどこかに漠然とした違和感や生存的不安が頭をよぎったりしていました。 「え?」という感じでしょうが、これは実社会におけるリアルな数字の話です。 いろいろな夫婦を見て、「なぜあの人達は揉めているのか?」というところを、様々な角度で観察して得た結果でもあります。 それらを感情論的な「べき論」で終わらせずに、具体的でリアルな計算で示せば、「感情」という領域から出ることができるのではないかと思い、モデルを考えてみました。 まずは我

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マイ聖地巡り

カオス空間から本格的に秩序ある空間に移動するため、先日少しだけマイ聖地巡りをしてみました。 京都に育ち、京都にいるのだから、いつでもありふれているといえばありふれていますが、ターニングポイント的象徴となる場所がいろいろと密集しているエリアを少しぐるぐるしてみました。 そのすぐ近くくらいまでは2年位前に行きましたが、その場所自体には前に行ったのはいつだったかを思い出せないくらい前にしか行っていませんでした。 十代の病中の頃に通っていた精神

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ヒゲメガネ再考

最近、全く怒りが生じないんです。びっくりするくらいに消えてしまいました。ただ、違和感だけは大切にしています。 ということで、ヒゲ、メガネの面白さの続編です。 トントントントン、ヒゲメガネ♪ ということなんです。 ヒーゲーとメガネに導かれ、何度も、巡り合う♪ ということです。 幼稚園のお祭りのようなところに来るキッチンカーの周りにいる人はたいていヒゲメガネなんです。 おヒゲ、おヒゲ、おヒゲだらけで、おヒゲじゃなーい♪ ということになること

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不器用さに関わる信念の再定義

意識的な範疇を超えた信念のようなものに沿って、現象は展開していきます。普通は「人に言う今の心」なので変更可能なもの云々にも触れるところですが、それとは少し違います。しかし、今回は、わかりやすく単に信念と表現していきます。 さて、それで自動反応としての身体反応や思考パターンなども、そうした信念に沿って起こります。 歪みは「無効化」してもよいのですが、思いっきりえぐって再定義をしてもうまくいきます。 それで最近、さすがに自分の中の「不器用さ

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現在の精神年齢

現在の精神年齢は、小学6年生です。 まあ男子たるもの、たいていそれくらいのマインドなのではないでしょうか。 それを女性はバカにしてくることがありますが、そのバカにしているマインドも「大人ぶりたい小6女子のマインド」じゃないか、と思ったりもします。 個人的には小3くらいにまで遡りたいところですが、やはりZ会的な部分が影響しているのでしょうか、小6止まりくらいになっています。 思考も感情もやはり基本的には邪魔というか、安らぎを曇らせるもので

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月のきれいな夜

「月がすごくきれい」

そう言われて家の裏の方に行ってみると確かに綺麗な月でした。

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変化・期待的意図

人の気持ちというものは変化の度合いによって幸福感のようなものを感じるようにできています。 なので、意図としてマイナスからゼロへという変化とそれに対する期待で楽しんでいるフシがあります。 自我によるやみつきゲームのようなものです。 こうなりたいと思いつつも、実は気持ちの奥底ではそうなってほしくないと思っていたりするわけです。いつものパターン(マイナスからゼロの安らぎ+期待)や本質的に求めているものと遠ざかってしまうためです。 知人の士業の

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ヒステリーへの憂い

世の中の歪み、苦しみの八割は「誰かがヒステリーを起こすことを予防しようとすること」から起こっているのではないかと思っています。 DVやブラック企業はわかりやすいですが、そこまでいかなくても、「目的のためには論理が破綻していても意見が通るまで押し切る」というヒステリーを成功法則にしている人たちの、ヒステリーを見たくないからと、周りが変に合わせているから起こっているのではないか、ということです。 相手は普通の一人の人間だからということで、一

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才能を活かした子どもとの遊び

最近、個人的にエリクソン的才能が完全に復活しています。 それで最近再読して気づきましたが、ミルトン・エリクソン氏は、「子どもには催眠は使わなかった」という点に改めて着目しました。 難しく言うと、子どもは脳波がシータ波優位なので、大人で言うトランス状態のような状態であるわけです。ならば、催眠誘導によるトランスの生成は不要です。 これは、いわば夢か現実かよくわからない「まどろみの中」ということで、ごっご遊びに没頭できるということが語られたり

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ただいま。おかえり。

「ただいま」 「おかえり」 これは僕から僕への言葉であり、それ以上でも以下でもありません。 (「どうせ日常の家族話だろう。スルーしよう」と思った方には残念です) ― 先日、いろいろと思い出そうとしたのですが、 思い出せないことがたくさんありました。 あの人といっしょにあの場所に行ったことは覚えているが、現地集合だっただろうか?それとも駅から一緒に行っただろうか? というような部分で、どう頑張っても思い出せないようなことがたくさんありまし

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超人的感覚の意図するところ

論理的整合性は意図的に無視して「誰にでも読めて誰にも読めないかもしれない」という感じで、超人的感覚について触れていこうと思います。 最近、特に自分が意識していなくても、ニーチェやエリクソンやゼランドなどが僕の世界に入っていきます。なので、そうしたテーマに沿って書いていこうと思います。 怒りにしても欲にしても、何かしらのソワソワ、緊張をなんとかしようというようなものが根底にあります。 生きていて一番厄介なのは「正論っぽいこと」です。正しそ

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戦略空間の外側

情報を大量に入れ込むと、カオスが生まれます。つまりそれは、ある一定の正しさを帯びた原理同士が矛盾を起こし、解が見えないということが起こるということです。 ただ、本来はそのカオス空間を解決する必要はありません。 一方でカオス空間をそのままにしておくと意志決定ができず不快感だけが起こり苦を得ることもあります(こちらのほうが多いでしょう)。 ただ、そうした時こそ、哲学的な抽象度の高い空間に移動すると良いと思っています。 最近そんな事をよく思い

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操作感を取り戻すこと

人がなぜパニックになるか、なぜ継続的に「苦」を感じるかというところを簡単に示すと、結局は、「変化を求めているが操作できない」というものに換言することができます。 この変化というものは究極的には「安らぎ」です。 ちなみにここでいう「苦」は、日常的な苦しみのすべてを含みますが、一切行苦の「苦」つまり「ドゥッカ」を示します。 これは、「思い通りにならない」というようなものを示しますからね。 ここで少し面白い視点からこの構造を見ていきましょう。

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どのように観て何をどう語るか

最近は時間があるとすぐに読書をすることにしています。また、AIを使うことが極端に減りました(さらに使い方が上手くなってきたのでしょう)。 そして、徹底的に人を観察しています。これは「分析」とは異なり、状態と方向と歪みを観るというような感じです。 自分の観察だけでもいいのですが、一応の「外界」の観察も徹底的にというような感じで過ごしています。 結果的に、自分自身の体調がかなり良くなり、さらに緊張度もどんどん減ってきています。問題の解決も瞬

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自分なりの学び直し

本日は起きてから右手の指がピクピクしています。でもそれはそれだけで何かのためにピクピクしているだけです。 最近あえてミルトン・エリクソン氏に意識を向け、洗脳や催眠について本を再読したりしています。 理由は、そういうのをドヤ顔で語る人たちやビジネス利用のためという名目で悪用しようとする人たちへの嫌悪感からきているのでしょう。 心理学や催眠療法、最近では認知科学や行動経済学などいろいろな方法がたいてい人の幸せではなくビジネス利用の方で応用さ

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