結局は気持ちひとつ

何をしている時よりもニーチェ等々を再読している時の方が「頭がスッキリする」という一種の異常性を持った僕は、とどのつまり、世に溢れている情報のレベルなど全く刺激にすらならない、というような程度にある意味で高耐性なのだろう言うことを思ったりします。

色々な人が色々なことを言いますが、何となく前提が違うというようなことをいつも思ったりします。

そういう時にニーチェくらいの方が感覚的にスッキリしたりします。

それは例えば、何かしらの理屈を説かれる時、おっと「坊っちゃんすぎないかい?」というようなことを感じたりするわけです。

それは何かというと一種の「ノイズが入らない環境」における理屈であって、基礎理論に正しさがあっても不確定なノイズのことを考慮に入れていないというようなことを思ったりするわけです。

「ノイズを取り除く」ということが、まず先に重要であるのに、自分自身がそうした環境にいないため見えていないというような感じです。

それをある意味で先にはっきり言っているのは原始仏教的な「出家」くらいであって、その他は、「環境ノイズ」を考慮しなさすぎているというようなことを思ったりします。

例えば、「ありがとう教」のようなものは、その手法を見ると基本的には正しさを帯びていますが、「狂った環境の中にいる人がその内側で用いた時の危険性」を考慮していません。

これはすなわち、何事もありがとう的な視点で考えていると、狂った利己的な道具主義を基本とする「不完全な人間」に搾取されているのに「ありがとう」という解釈で、その空間から脱するという視点を無くしてしまうという恐れです。

端的には、理不尽なものには理不尽だと言うどころか、「まずは殴るか、逃げろ」というのが正しいのに、「ありがとう」を連呼しようなどということで、理不尽を受け入れる弱者の弱さを強化するようなことになってしまうということです。

あれこれ言ったところで、自我の視点ではわからないものはわからない、というのが本当のところです。

そういえば、ニーチェを再読していてなぜかアビダンマのことを思い出しましたが「アビダンマもやはり究極的に見えて浅いな」ということを思ったりしました。

例えば業(カルマ)について、シッダールタなら「どうせ頭ではわからない。頭が狂うので考えなくて良い」と答えていたところを、アビダンマは、「良いカルマと悪いカルマが無限に積み上がっていて、今後良いカルマをを積まなくても、今の心のあり方で良いカルマの受け取りだけになる」という「確認できないこと」を概念で無理やり示しています。これはバラモンの流れを意識しすぎです。

言いたいことはわかります。

ただやはり文語的に確定させようとする試み自体が、間違いだと思ったりもします。

そう考えると、ある意味で対機説法を忠実に再現しているのはミルトン・エリクソン氏くらいではないか、と思ったりもします。

それで忘れていたと言うか、鈍化していた感覚を思い出しました。

心(認識する働き)の点のスライドです。

変な話ですが、「動物と話す」というようなことは、これでしかできません。

その時、概念をこねくり回す「主体としての自我」の場所にはいないんです。

実際はどうかわかりませんが、色々な文献を読んでも、それができたと考えられる人は、シッダールタとミルトン・エリクソン位しかいないように思います。

理由は簡単です。

巷の理屈は「概念の押し付け」のようなものばかりではないですか?

それは単なる、自我フィルターのインストール機能しかありません。

それがうまく働く場合もあれば、合わない場合もあります。

だいたいのものは、大体合っているんです。

でも、「私」に合うかはわかりません。

で、それは、ひとつとても危険な面があります。

それは、気持ちが揺れること。

現象など、気持ちひとつです。

これは自我意識としての気持ちという浅いレベルの気持ちだけではありません。

ただ、基本的には、概念が制限をもたらします。

なので、「自我フィルターインストール」も、たいてい最終的には制限になります。

我がことを思い返すと、倫理・道徳や合理性などをすべて度外視して、純粋な生命としての意図だけになった時、一切がうまくいっていたように思います。

軽いところで言えば、「三食全て腹の限界までピザ」とか、「一週間、毎日一食はビッグマック」というようなものです。

本当にそうしていました。

近年は、何となく不確定要素が多く、緊急対応のためになるべく健康を維持しようというようなことが多かったのですが、正しいあり方としては、安定を目指すのではなく「不確定要素が何だ?」という気持ちのあり方です。

Category:miscellaneous notes 雑記

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

日本語のみ