「友人たちの離婚ラッシュから見えるもの」ということで、ここ数年の友人たちの離婚が相次いでいることから、今生きている自分の意識について変な角度から触れていこうと思います。
実際に離婚経験がないのは僕だけで、男女問わず仲の良い友だちは全員離婚しています(その後再婚している例もあります)。唯一親友だけが婚姻を継続していましたが、その最後の一組が先日、離婚成立となりました。
最近会っていない友だちですら年賀状で「息子二人と三人家族になりました」と書いてあったりで、まさに離婚ラッシュです。
それぞれに様々な理由がありますが、それは頭で考えたことです。本質的なところではありません。
ただ、僕の個人的な考えとしては、基本的に離婚はお互いが幸せになろうとした最適解であるため良いことだと思います。
まあ子どもがいるかどうかによって考えも分かれるところでしょうが、基本的にはその方が幸せになれると思ったからこその結果なので良いのではないかと思います。
さて、こうした「離婚」は2つの側面から考えることができます。
家庭環境要因、経済社会的な要因、個々人の人格等々様々なところを突くことはできますが、本質はもっとシンプルだと思っています。
ひとつは家庭的な意図というか意識の向き、世間的で自己啓発的に言うと家庭空間におけるゴールがどのようなものかということです。
もうひとつはもっと原始的です。「頭の腫れ」です。
多少世間的に触れていこうと思います。
最初に「意識の向き」から触れていきましょう。
「家庭としてどうありたいか」という意識の向き
僕は個人的に「孫をおんぶして歩く」という夢を持っています。もし孫が生まれなくても、今の娘が大人になった時、抱えられるであろう限界の年齢になった時に腰を折らない程度におんぶして歩こうと思っています。
そして、ヨボヨボになった時に妻と過去の出来事を爆笑しながら語り合いたいという夢を持っています。
常にそこしか見ていないので、目の前の問題に対して、感情的には意識が向きません。思考は解決にしか使いません。
離婚した友人たちからはそのような夢を聞いたことがありません。
ただ、義務感だけで生活しているのみに見えました。
しかしながらそんな意識の向きを現状の「頭」で持とうとしても失敗したりします。思考上で論理的に理解しても、すぐにひっくり返ります。
なのでもう一つのほうが重要です。
「頭の腫れ」
人間の頭には三段階の領域があります。
簡単です。「脳幹」、「大脳辺縁系」、「大脳新皮質」ですね。
(「友人たちの離婚ラッシュから見えるもの」といいつつ、自分の睡眠不足や母の症状、母の身の回りの人の言動も含めて、この領域に焦点を当てることを思いつきました)
とにかくどのような問題でも基本的には「脳幹」、「大脳辺縁系」レベルで「不快」というものが原因です。
そして不快を解消するために「大脳新皮質」を使うというのが日常です。
しかしながら、単に「寝不足」や「栄養不足」、「運動不足」「腹具合」「体の固さ」などが本当の原因である場合がほとんどです。
なぜなら頭が腫れていると「大脳新皮質」を使って考える解消法がロクでもないことになるからです。
例えばある人が、宗教にハマっていたとします。
宗教の出す空間に入っていると脳幹や大脳辺縁系が落ち着きます。別の言い方をすると無意識レベルで心地よいということになります。
で、それを配偶者に勧めます。
配偶者は拒否します。その空間に入っても何ともならないからです。
で、「共感してもらえない」ということが不快になります。
そこで「考える」解消法が、「何としてでも同じ空間に入らせる、納得させる」ということだったりします。
喧嘩になります。
また不快になります。
というループです。
答えは
あなたの頭が腫れているから、そのような「条件」が必要になるのです。
ということです。
頭の腫れを解消させる方法が宗教空間だけになっているからこそ、それに固執するということになります。
しかし本当に落ち着いて、本当に頭が働き、思考の抽象度が高まっていくと、
「哲学的に考えると、相手は実在するかどうかわからないのだから、ひとまずこの心が落ち着くのであれば、自分が望む相手の反応、すなわち相手の共感は必要ではないのではないか?」
という普通の論理展開ができるようになります。
なぜできないのか?
頭が腫れているからです。
その原因は何か?
脳幹レベルでの欲求が満たされていないこと、つまり睡眠欲や食欲、排泄欲の充足が不完全であることという程度です。
その原因は何か?
それも簡単です。
無駄に宗教を例に出しましたが、これは家庭内の経済状況や家事負担等々においても同様です。
ひとつはリソース不足、つまり何かしらの資源が足りていないということです。睡眠時間という時間的な資源が足りていないのかもしれませんし、様々な効率が悪く労力がかかりすぎているだけという場合もあります。
また、様々な気力を奪うものに、奪われすぎているというだけの場合もあります。
脳幹や大脳辺縁系を落ち着かせるために「遊びたい!」「これだけは手放せない!」「これはこういうものだ!」などと思い込んでいるもの、というより思い込まされているものがたくさんあります。
それらを見抜くにも頭の腫れが引いて正常に働く状態が必要です。
頭の腫れや臆病が引き起こす他責思考
不快になった時に、「さあどうやって落ち着こう」と「考えた」際、「家族のあいつにやらせよう」という思考が起ったりします。自分はカツカツですから。
それで、いろいろと正当化する理由を考えます。
それで夫婦が喧嘩になったりします。
本来はその前に、お互いに寝まくるべきです。
そして相談するとお互いのためになる建設的な話ができます。
それをパスして、頭が腫れたまま、「この不快感を何とかしよう」と挑むと喧嘩になります。
あと自分が臆病なのを相手に肩代わりさせようという場合もあります。
その場合は、「臆病なのは腹具合なのだ」ということを再確認します。
体を緩めて寝まくると、腹具合も良くなります。
すると臆病な性格の人でも臆病な感覚が弱まります。
まさに「う○このでかい人」になります。
お互いにその状態になった上で、夢を描いたり、話し合えばいいのではないかと思います。