「唆され立候補し自己投票した1票のみだった学級委員選挙事件」があった時、唆した当のAは「言い訳」をする程度、他の人は選ばれた人に意識が向き、一部の比較的仲の良かった同級生男子は若干気まずそうな空気を出した程度でした。
そんな中、机に伏せている僕に、ひとりだけ「大丈夫?」と声をかけてくれた女子がいました。状況を理解してくれた唯一の人です。
それまで同じクラスになったことはなく、話したのも初めてでした。なのでこの人が自分に投票しなかったのは仕方がないとも思いました。
女神です。
恋心といったものを超えていました。
それから彼女と仲良くなりました。
他の同級生には「ともだち化」のままニセモノとして接していましたが、彼女にはただ笑っていて欲しいと思いました。
彼女の笑顔が見たくて、放課後に校庭の朝礼台のところで、恥を忍んで披露した「完コピした漫才(一人二役)」。
「彼女にしたい」とかそんな気持ちは超えていて、ただいて欲しい、ただ、笑っていて欲しいと思いました。
ニセモノでも道化でも汚れ役でも恥をかいてもいいから、ただ、彼女に笑っていて欲しかったと思います。
優しさが滲み出ていて、笑うとすごくかわいい。
そんな人がいるというだけで良かったんです。
僕が笑いにこだわるのも、原点はここなのかもしれません。
彼女がいたから、不登校のようなものにならずに学校に行けたと思います。
特別、自分だけのものにしたいとかそんな気はありませんでした。
同じ学校の同じクラスにいるだけで、生きる意味と自信が保てたという感じです。
事件当日、特に深いところまで慰めてくれたというような感じでもなく、さらっと明るく流してくれたという感じです。
家族以外でそんな事ができる人に初めて会いました。あんなショックも初めてで、自信を無くすということも初めてでしたが、その直後にこんなふうに接してくれる人が家族以外にいたという事実が、生きる希望と自信を取り戻す希望になりました。
しかし、小6も終わりに近づいた頃、僕に絶望が訪れました。
「女神ちゃん、引っ越すんやって」
え?行かないでよ。
行かないで、行かないで、行かないで。
行かないでよ!
君がいないと僕は壊れてしまう。
彼女が中学に上がると同時に引っ越し、別の中学に行くということを知ってから、毎晩不安と喪失感で泣いていました(弟が寝てから)。
「手紙、書いてもいいかな」
なんてことも言えず、僕たちは小学校を卒業しました。
卒業式、僕は「お前たちとは違うんだ」ということで、普通の卒業式の服を着ずに変な服を着ていました。
注目とニセモノモード、つまり「ともだち」で行くことに決めました。
―
その後、女神さんとは、高校でまた一緒になりました。
真っ先に話しかけようとしましたが、足が止まりました。
「あの時のままでいて欲しい」
ここで彼女との記憶が上書きされたら、自分は狂ってしまうかもしれない、そう思いました。
僕は小学校の時の僕ではありません。
その変わり様に相手は引いてしまったでしょう。
そして、彼女もまた僕の知らない約3年間を過ごしています。
「何かを話して、白けてしまったら、壊れてしまう」
女神は記憶の中の女神でいて欲しい。
彼女とは共通の友達もたくさんいたので、いつでも接することはできたのですが、結局高校の3年間一度も話さないまま、またお別れとなりました。
僕は君なしでも何とかやってこれたよ。
なんて言ったら重いし、白けるね。
本当はそんな事を伝えたかったけど。
あの時はありがとう。
でも、あの時の礼なんて言われても困るだろう。
僕が「ともだち化」して、色んな人に囲まれている姿を見るのもなんだか嫌だろう。
もし困ったことがあったらいつでも助ける準備だけはしてたんだぜ、実は。
でもまあ迷惑だろう。
少なくとも僕の人生で一年間、君が必要でした。しかしその逆はありません。それは分かっています。
今さらながら、もしどこかでばったり会ったら、礼くらいは言います。
さようなら、女神さん。
―
女神さんがいなくなり、「ともだち化」は加速しました。
素人騙しのニセモノがどんどん注目を集めていきます。
それから僕は中学に入り、当然のごとく転機が訪れます。
つづく
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