萩

萩(はぎ)

萩(はぎ)は、マメ科ハギ属の背の低い落葉低木です。秋の七草としては、ヤマハギ節のヤマハギかニシキハギ、マルバハギのようです。「萩」が、草冠に秋ですから、まさに秋を代表する植物ですね。落葉低木ですが、茎は木質化して固くなるものの、年々太くなって伸びるようなことはなく、根本から新しい芽が毎年出るので、木というよりも草っぽいですね。直立はせずに、先端はややしだれます。

萩は漢字ではなく、国字のようです。万葉集では、ハギを詠み込んだ歌が141首あるようです。万葉時代には、「芽」、「芽子」と書いてハギと訓んだそうです。秋にハギの花が咲き始めることに鹿は発情期を迎えるため、「鹿鳴草(しかなぐさ、しかなくぐさ)」、オス鹿が嫁を求めることから「鹿妻草(しかつまぐさ)」、雅名として玉水草ともいわれるようです。

萩

ハギの葉は、3出複葉で、秋に枝の先端から多数の花枝を出し、赤紫の花の房をつけます。枝には3つの小葉からなる葉が互生し、葉が芽吹く前に小さな鱗片状のものが枝につきます(托葉)。

萩の花

萩の花

萩の花

萩の花は、茎上部の葉の腋からでた総状花序にまとまってついて、次々と咲いていきます。果実は種子を1つだけ含んで楕円形、凸凹が少なく扁平(へんぺい)です。日当たりのよい山野に生息し、約40種ほど東アジアや北アメリカなどに分布しているようです。

ヤマハギ節

秋の七草として扱われるハギは、ハギ属の中でも日本の山野に昔から生息しており、鑑賞の対象になったり、みんなに好かれたモノの指すでしょう。その中でも、萩として好んで栽培などをされてきたのは、草本的な習性を持つ属ではなく、木本的な習性を持つヤマハギ属です。草本的なグループは、メドハギ節、イヌハギ節などで、こちらは日本だけでなく海外にも分布します。

秋の七草の対象としての萩として扱われるヤマハギ節は、以下に掲げるヤマハギ、マルバハギの他に、錦萩(ニシキハギ)、木萩(キハギ)、白萩(シラハギ)、宮城野萩(ミヤギノハギ)、筑紫萩(ツクシハギ)、朝鮮木萩(チョウセンキハギ)などです。

一般に栽培されているものは、ミヤギノハギ、ニシキハギ、シラハギのようです。株分けや挿し芽でも根付くようです。

山萩(ヤマハギ)と錦萩(ニシキハギ)は古来から日本に生息しており、かつ、万葉集の頃の京都や奈良にも生息していた可能性が高く、秋の七草としては、これが指されるでしょう。

「閉鎖花」という沈黙の保険

私たちが愛でているあの赤紫色の花は、萩が見せる「表の顔」にすぎません。葉の茂みの中、あるいは花の時期が終わった後に、誰にも気づかれない「閉鎖花(へいさか)」と呼ばれる、もう一つの花を咲かせていることをご存知でしょうか。

この花は、蕾(つぼみ)のまま決して開くことはありません。その閉ざされた内部で、自らの花粉を使って確実に受粉(自家受粉)し、種を作ります。華やかな表の花が昆虫による受粉(他家受粉)を狙う「賭け」であるならば、閉鎖花はどんな悪天候でも確実に子孫を残すための「保険」です。美しさで虫を誘う外交的な顔と、内側で淡々と命を繋ぐ内向的な顔。この二重構造こそが、萩が野生の中で生き残ってきた戦略の核心です。

荒れ地を癒やす「パイオニア」の科学

萩は、痩せた土地や、山火事の後のような荒れ地に真っ先に生える「パイオニア・プランツ(先駆植物)」です。なぜ、栄養のない場所で生きていけるのでしょうか。

その秘密は、根にあります。萩の根には「根粒菌(こんりゅうきん)」というバクテリアが共生しており、空気中の窒素を取り込んで、植物が使える栄養分(アンモニア)に変換する化学工場を持っています。彼らは土から栄養を奪うのではなく、むしろ自らの力で栄養を作り出し、やがて枯れ落ちて土を肥沃にします。萩が茂る場所は、やがて豊かな森へと変わる準備が整った場所。彼らは、後に続く植物たちのために大地を耕す、慈悲深き開拓者なのです。

「木」と「草」の境界に生きる

萩を「木」だと思っている人もいれば、「草」だと思っている人もいます。植物学的には、この認識のズレこそが正解です。萩は「半低木(はんていぼく)」という、木と草の中間の存在だからです。

冬になると地上部は枯れますが、株元は木質化して残り、春になるとそこから新しい芽を出します。草のように柔軟で、木のように強靭。完全に木になる(硬化する)ことを拒み、毎年新しい枝を伸ばしてはしなやかに風を受け流す。この「どっちつかず」の柔らかい生き方こそが、強風や雪の重みで折れないための物理的な最適解なのです。

万葉人が見たのは「風の形」

『万葉集』において、萩は桜や梅を凌ぎ、最も多く詠まれた植物(約141首)です。なぜ古代の日本人は、これほどまでに地味な花を愛したのでしょうか。

それは、萩が「風を可視化する装置」だったからではないでしょうか。 長く枝垂(しだ)れた枝は、わずかな微風にも敏感に反応して揺れ動きます。目に見えない「風」や「秋の気配」という抽象的なものを、その揺らぎによって目に見える形に変える。人々は萩の花そのものというより、萩を通して「揺れる秋」を見ていたのです。庭に萩を植えることは、風の通り道をデザインすることと同義です。

暴れる「野萩」と、従順な「宮城野」

園芸用として普及している萩には、大きく分けて二つのタイプがあります。「ヤマハギ」と「ミヤギノハギ」です。

山野に自生するヤマハギは、枝があまり垂れ下がらず、ワイルドに広がります。一方、庭園で好まれるミヤギノハギは、地面につくほど長く優雅に枝垂れます。 プロの視点では、この選択が庭の品格を決めます。自然な野趣を求めるならヤマハギ、幽玄な情緒を求めるならミヤギノハギ。そして、どちらも冬には根元からバッサリと刈り込む(切り戻す)ことが重要です。春からの新芽にこそ花が咲くため、古い枝への執着は捨てなければなりません。

「こぼれ種」という次世代への投資

萩は、一度植えると「こぼれ種」で驚くほど増えます。

秋の終わり、豆のような小さな実が弾け、周囲に散らばります。この種は硬い殻に覆われており(硬実種子)、土の中で数年間眠り続けることもあります。そして、環境が整ったタイミングで発芽します。庭のあちこちから予期せぬ芽が出るのは、彼らが「ここなら生きられる」と判断した証拠です。人間が植えたい場所ではなく、彼らが選んだ場所。その自然の配置(デザイン)を受け入れるのも、萩と付き合う楽しみの一つです。

ヤマハギ(山萩)

ヤマハギ(山萩)

ヤマハギ(山萩)

ヤマハギ(山萩)は、マメ科ハギ属の多年生草状木本で、高さ1m以上と、大人の背丈ほどになる落葉低木です。草本のような性質も備えているので半低木ともされます。日本全土に見られ、日当たりのよい 場所に群生します。枝を分かち幹は冬も枯れません。

山萩の葉は、一柄三小葉で、葉が茂ると枝がしなるように曲がります。ヤマハギの花は、初秋から秋に葉腋に多くつけ、長さ1.5cmほどになる紅紫色の蝶形花です。

紅紫色は場所によって濃淡があり、花柄が長く、葉の間から花穂が突き出しているのが特徴です。花が集まり、穂をつけるためさらに趣があります。

媚びない野性、「ヤマハギ」の品格

園芸店でよく見かける、地面につくほど優雅に枝垂れるハギの多くは「ミヤギノハギ」です。対して、日本の山野に自生する本来の「ヤマハギ」は、もっと骨太で、野性的な美しさを持っています。

ヤマハギは、ミヤギノハギほど極端には枝垂れません。枝はしなやかなアーチを描きつつも、どこか空へ向かう意志を残して奔放に広がります。その姿は、風に流されるのではなく、風を受け止め、抱きしめるような力強さがあります。庭に「優しさ」だけでなく、自然界の「荒々しさ」や「強さ」を取り込みたいとき、選ぶべきは間違いなくこのヤマハギです。

「花に溺れない」という美徳

ミヤギノハギが、葉が見えなくなるほど圧倒的な花数で紫の滝を作る「多弁な花」だとするなら、ヤマハギは「沈黙の美」を知る花です。

ヤマハギの花房は、葉の脇から控えめに顔を出します。花が株全体を覆い尽くすことはありません。しかし、だからこそ、丸みを帯びた緑の葉と、赤紫色の花のコントラスト(対比)が鮮明に浮かび上がります。「花を見てくれ」と主張するのではなく、緑の中に点在する紫の色気で魅せる。この「余白」のある咲き方こそが、茶花として、あるいは日本庭園の引き立て役として、玄人に好まれる理由です。

空間を支配する「暴れ」を飼いならす

ヤマハギを庭に迎えるということは、その旺盛な生命力と対峙する覚悟を持つことです。

彼らは放っておけば、四方八方に枝を伸ばし、直径2メートル以上の藪(やぶ)になります。これを狭い庭で楽しむためのプロの技が、「空間の切り取り」です。 冬の間、地上部を根元からバッサリと切るのは基本ですが、成長期(初夏)にも、混みすぎた枝や、勢いが強すぎて全体のバランスを崩す枝を間引きます(透かし剪定)。自然樹形を尊重しつつ、風が通り抜ける隙間を人間が作ってあげる。そうすることで、暴れる野性は「洗練された野趣」へと昇華されます。

秋を連れてくる「先駆け」

ヤマハギのもう一つの魅力は、開花のタイミングです。一般的に、ミヤギノハギよりも少し早く、夏の終わり頃から花を咲かせ始めます。

まだ残暑が厳しい中で、ヤマハギの枝先に最初の一輪がほころぶ時。それは暦の上だけの秋ではなく、実体としての秋が庭に降り立った瞬間です。他の秋草たちがまだ準備中の段階で、いち早く季節の変わり目を告げるメッセンジャー。その早咲きの性質が、私たちにゆとりある秋の楽しみを約束してくれます。

マルバハギ(丸葉萩)

マルバハギ(丸葉萩)は、ヤマハギと同属のマメ科ハギ属の落葉低木で、ヤマハギより、花柄が短く、花が葉の間に咲いているように見えることで区別できます。葉の小葉は、山萩よりも丸く先端は円形になっています。高さは2mくらいになり、多くの枝を分枝し、伸びては開いて垂れ下がったりします。

葉より短い総状花序を葉の間から出しますが、マルバハギの花は、紅紫色の旗弁、濃い紫色の翼弁、淡い紅紫色の竜骨弁をもった蝶形花を密生させます。

枝に「しがみつく」花の愛らしさ

もし、あなたが山道で、花が枝から垂れ下がらず、まるで枝に直接しがみつくように密集して咲いているハギを見つけたら。それこそが「マルバハギ」です。

ミヤギノハギやヤマハギが、長い花柄(かへい)を伸ばして優雅に花を「揺らす」のに対し、マルバハギは花柄を極端に短くする道を選びました。その姿は、葉の付け根に小さな紫の塊(かたまり)がくっついているように見えます。 風になびくことを拒み、枝という軸から離れまいとするその姿勢。それは華やかさや優雅さとは対極にある、「健気(けなげ)さ」や「実直さ」という美徳を体現しています。派手なハギに見慣れた目には、この凝縮された花の塊が、小動物のような愛くるしさとして映るはずです。

角(かど)を捨てた「円」の癒やし

その名の通り、マルバハギの最大の特徴は、楕円形からほぼ円形に近い、丸い葉にあります。

自然界において、葉の先端が尖っていることは防御や機能性の証ですが、マルバハギはあえて角を落とし、柔らかな曲線を描きます。時には葉の先端が少し凹(へこ)んでハート型に見えることさえあります。 風に揺れるとき、尖った葉がチリチリと擦れる音を立てるのとは異なり、丸い葉はどこか柔らかい音を奏でます。この視覚的な「円」の安心感こそが、古くから茶花として、茶室の緊張感を解(ほぐ)すために愛用されてきた理由でしょう。

「柄(え)」の長さで見抜く眼

山野で「これはヤマハギか、マルバハギか?」と迷ったとき、花を見るのではなく「花柄(花の軸)」を見ます。

葉よりも外側へ長く突き出していればヤマハギ。葉よりも短く、葉に埋もれるように隠れていればマルバハギ。この「葉と花の距離感」を見るだけで、両者は明確に区別できます。 葉の陰から恥ずかしそうに顔を覗かせるマルバハギの咲き方は、自己主張の強い現代において、あえて一歩引くことの美しさを教えてくれるようです。

暴れずにまとまる「行儀の良さ」

庭木としてのマルバハギには、もう一つの隠れたメリットがあります。それはヤマハギほど枝が暴れず、比較的コンパクトにまとまるという「行儀の良さ」です。

枝垂れるというよりは、上に向かってふんわりと茂る性質が強いため、狭いスペースでも管理しやすいのが特徴です。それでいて、秋になればハギ特有の風情は十分に楽しませてくれます。 「庭にハギを植えたいけれど、場所を取りすぎるのは困る」。そんな現代の住宅事情において、マルバハギはもっと評価されて然るべき、慎ましやかな実力者です。

マメ科

Category:植物

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

日本語のみ