
フィキシングソリューション効果(定着液効果)というのは、友人などを媒介して間接的に自分の評判を伝えることで、相手に好印象を与える手法のひとつである類似したウインザー効果の別バージョンのようなものとなるが、第三者媒介のウインザー効果との相違点は、相手がぼんやり思っていることを第三者がそれと同意見のことをこっそり言うと、「ほっこりする」というようなものになる。つまり、印象が強化されるというより確信になるというようなことになるだろう。
フィキシングソリューション効果は、忘れられてしまいそうな印象、ぼんやり「そうなのかなぁ」と思われているようなことを間接的に、相手に定着させるという意味で定着液効果とも呼ばれている。
以前書きましたが、フィキシングソリューションの前に、ソリューションという言葉やイノベーションという言葉をよく使うのは胡散臭いですからやめて欲しい(寒い。僕の勝手な違和感だが)。
ちなみに定着液(フィクサチーフ)とは、コンテでデッサンをした時などに吹きかける液体で、擦れて汚れたりしないように薄い膜をつけるために用いられるものであるということが、藤子不二雄A氏のまんが道にて鈴木伸一氏が語られていた。
フィキシングソリューション効果(定着液効果)による印象操作
さて、フィキシングソリューション効果(定着液効果)は、直接的に「私はすごい」と主張するより、自分のいないところで印象操作したほうが確実だということを示している。それだけではウインザー効果となるが、詐欺師はそれっぽい振る舞いをして、第三者に確信への誘導をやらせる、つまりチームでの操作を意図的に行うことがあるので注意が必要である。
たとえば、恐い印象の人が、ふと物思いに耽けている、感傷的な様を演じたあと、その友達に後日「あいつはああ見えて繊細だから」と伝えてもらうような手法がそれに当たるだろう(そんなことはモテテクの範囲である)。これも心を奪うという意味で一種の詐欺ではあるが、詐欺師は心だけでなく金品までも奪っていくからより一層ひどい。
フィキシング・ソリューション効果の学術的背景と認知の硬直性
認知心理学において、問題解決のプロセスを阻害する「思考の固着」は、知性の柔軟性を理解する上で避けては通れないテーマである。解決策が固定化されるメカニズムを解明することは、創造性の本質を探ることに他ならない。
カール・ドゥンカーによる機能的固着の発見
フィキシング・ソリューション効果の先駆的な研究は、1945年に心理学者カール・ドゥンカーが提唱した「機能的固着(Functional Fixedness)」にまで遡る。ドゥンカーは有名な「ロウソクの問題」を通じ、人間がいかに既存の道具の用途に縛られ、新たな解決策を見出すことが困難であるかを証明した。
この古典的な実験は、一度特定の解決策や道具の使い方が脳内に定着すると、それが強力な「認知の枠組み」として機能することを示している。この枠組みは日常的な意思決定を高速化させる一方で、非定型的な課題に直面した際には、最適な解への到達を妨げる心理的障壁として作用するのである。
精神的セットとアインシュテリュング効果
機能的固着をさらに発展させた概念が「アインシュテリュング効果(Einstellung effect)」である。これは、過去に成功した経験のある特定の解決策(精神的セット)を繰り返し適用することで、より単純で効率的な代替案が目の前にあっても、それに気づかなくなる現象を指す。
最新の認知心理学の研究によれば、この固着は専門性が高まるほど強固になる傾向があることが判明している。蓄積された知識が、皮肉にも未知の領域における探索を制限してしまうのである。この「知識の呪い」とも呼べる現象は、組織や個人の成長を停滞させる一因として、現代のイノベーション論においても重要な議論の対象となっている。
神経科学が捉える前頭前野の抑制と柔軟性
近年の脳科学的アプローチでは、思考の固着が生じている際の脳内ネットワークが可視化されている。特定の解決策に固執しているとき、脳内では「デフォルト・モード・ネットワーク」が過剰に働き、現状の枠組みを超えた「拡散的思考」が抑制されていることが示唆されている。
一方で、固着を打破して新たな解決策に至る「インサイト(洞察)」の瞬間には、右半球の前頭前野や上側頭回において特徴的な活動が観察される。脳がいかにして既存のニューロンの結びつきを一時的に解体し、新たな情報経路を再構築するのかという機序の解明は、創造的な教育やリハビリテーションの分野で大きな期待を集めている。
複雑化する現代社会における脱・固着の必要性
現代のような不確実性の高い社会において、過去の成功体験に基づく「フィキシング・ソリューション」は、時に致命的なリスクを招く。最新の経営心理学では、既存の解決策を意識的に疑い、ゼロベースで問いを立て直す「アンラーニング(学習棄却)」の重要性が説かれている。
思考の固着は、人間の脳がエネルギー効率を最大化しようとした結果の副産物である。しかし、その生物学的な制約を自覚し、あえて非効率な探索を受け入れる「知的なしなやかさ」を持つことこそが、現代知性における真の適応能力といえる。物理的な環境と情報の境界が消失し続ける中で、この理論の重要性はますます高まっていくに違いない。
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