とーもだち!とーもだち!
さあゲームの始まりです。愚弄な同級生諸君。ボクを止めてみたまえ。
ということで、親友のおかげで部分的には落ち着いたものの、ともだち化は進みました。
思春期、第二次性徴期ということもあるでしょう。
僕は小6事件の張本人が、Aであることを記憶の中で封じ込めていました。
しかし、中学2年生くらいの時に事件が起こります。
この頃のこの事件の影響で、俗に言う「いじめはいじめる側が100%悪い」という意見を譫言だと思っています。
その場合もあります。しかし、そうでもない場合もあるんですね。
僕は記憶を捏造し、封印していましたが、事件の張本人、犯人であるAにはしっかりと仕返しをしていたのでした。
ただ、僕が表立ってやったわけではありません。
僕は自分に何のストレスも責任もないまま、Aの排斥を叶えていたのでした。
壮絶な「絶交」の始まり
中2の一学期も終わりに近づいたある時、学校帰りに公園で友だちと話していると、公園の近くに住む同級生W君が走ってやってきました。
「助けてくれ」
おう。どうしたどうした?
「Aが俺を彼氏だと言いふらしてる。こないだ押し倒されたとかなんとか。そんなことはないんやけど。でも、そんなふうな噂が広がってるらしい」
ふーん。
ふーん。
「なんとかお前周りから止めてくれん?」
ふーん。
いいよ。別に。
面白そうやから。
「うん。ええよ。さあ、どんな感じでいこかな~」
―
僕は全く気づいていませんでした。
あの時の復讐だったことを。
女子側でのAの動き
ちょうどその頃…
小学校の同級生Cと妻(中学の同級生)に聞きましたが、Aの暴走は女子周りでもひどくなっていたようでした。
Cによると、「何かしらの部分で自分より上に立つ人を標的に、潰しにかかっていたり、嫌がらせをしていた」ということのようです。
それは中学2年生の初め頃にひどくなったらしいですが、つまりは、自分よりもかわいいとか、頭が良いとか、運動ができるとか、何でもいいのですが、自分よりも上だと判断した人を、落胆させて前に出てこないようにするというような事をしていたようです。
その頃、男子にはそんな素振りを見せていませんでしたが、女子の間での悪評はひどく、Aの影響で不登校気味になった子もいたようでした。
なので、同級生女子Cの意見では、「小6の学級委員選挙立候補唆し事件もその第一弾だったのではないか?最初にやられたのが僕だったのではないか?」ということでした。
でもまあ、実際に票は入らなかったわけですし、このクラスにいる「友だちだと思っていたやつら」は友だちではなかったというショックは消えません。しかし、唆しが根本的にAの策略であったという可能性を示したCの意見は、多少その事件を受け入れることに寄与したと思います。
どうか大義名分を
Aは狂い、虚言や権謀術数の塊になっていました。
おいおい、それなら負けないぜ。
頭の悪いお前ごとき、汗もかかずに計略で地に落としてやるわ。
とも思いつつ、さほど乗り気ではありませんでした。
端的には動機が足りません。
むしろ、心の保護のために、「当時、相手の計略にやられたんだ。仕方なかったんだ」と思いたい部分があったのかもしれません。
相手より上になってしまうと、自分より下のものに嵌められたと捉え、より傷ついてしまうかもしれないというものもあったのでしょう。
「大義名分が欲しい」と思いました。
ひとつは、同級生男子の「お願い」です。
でも、その時点の彼との仲の良さ的にそんな義理はさほどありません。
まだ足りない。
別に排斥すること自体に抵抗はありませんでした。
ただ、何か動機の面で足りない気がしました。
「絶交」でお願いします
そんな時、実は事件が起こっていたようでした。
同級生C、その他女子の証言によると、確定的事件が起こっていました。
暴走したAが、ある同級生女子Dさんのお弁当に入っていたプチトマトを取り上げて走り回りだしたらしいのです。
「少し遊んですぐに返してくれるだろう」と思ったようでしたが、Aは、そのプチトマトを…
トイレに流したそうです。
さすがのその子も怒りました。その子の周りも怒りました。
そして正義感の強い女子Eさんを筆頭に、Aの排斥が始まりました。
その少し前に正義感の強い女子Eさんの友だちが、Aの嫌がらせによってしばらく学校に来れなくなっていたようでした。朝、登校時にその子の家まで迎えに行ったりもしていたようです。そんな中のプチトマト事件に、Eさんは堪忍袋の緒が切れたようでした。
その頃、僕は僕で男子陣に根回しをしていました。
女子の間で顰蹙を買い、誰にも相手されなくなったAは、男子側に寄ってきました。
しかし、僕は同級生男子W君のお願いもあり、「虚言癖があるので無視すること」を同級生男子に根回ししていました。
さらに、同級生Cや妻を筆頭とした女子たちからの連絡もあり、本格的に無視を超えた排斥を同級生男子たちに吹き込んでいました。
足りなかった大義名分が、プチトマト事件で満たされたということです。
Aは、周りを支配しようというような、リーダーになろうというタイプではありませんが、一番注目される存在になろうとしていました。端的には一番モテるというところを目指しているというか、アイドル的な脚光を欲していたようでした。
なので、男子たちからは「さほど実害がない」とされていましたが、さすがに嫌悪感が増してきたようで、特に僕が働きかけなくても、「事実」と「解釈」と「取り扱い方」を吹き込んでいくだけで、男子全体からの排斥が加速していきました。
そして、女子側は女子側で、正義感の強い女子たちが動き、排斥を加速させていきました。
「狂っているのを助けてあげよう」と思う者はひとりもおらず、異物の排除が始まりました。
学年全体からの「絶交」です。
どうして僕は、「さすがにやりすぎだろう」ということを思わなかったのかがわかりませんでした。Aに対する同級生女子Cの意見を聞いて「まあ仕方ないよな」というくらいにしか思っていませんでした。
絶交だあああ!
僕は、自分に責任がかからないように、Aの虚言を第三者の話をしている風に書き換え、Aの前で友だちと会話しているふりをして責め続けました。
まあ風刺的なやり方です。
例えば、「こないだマンガで読んだけどさ、好きな男がいるのはいいけど、妄想がひどくてさ、『実はすでに自分の彼氏で、こないだ押し倒されて困った、どんだけ私が好きなの』みたいなやつがあってさー。そんな妄想女がいたらキモすぎて吐くよな」というような会話をAの前で延々とするという感じです。
友だちには事前に「ただ頷いていてくれりゃいいよ。できればキモがるリアクションは欲しいけどな」といいながら。
口のうまい他の友達にも、同じようなことをしてもらいました。マニュアル的な基本構成は僕が考えて、彼らには演者になってもらう感じですね。
あとは基本無視です。
―
それからしばらくして、Aは転校していきました。
多分親戚の家に住所を移すような形で。
人伝に転校先は隣の中学校だと聞きました。
先生や保護者等、大人は一切出てきませんでした。
責任を追求されないように工夫して「出てこれないようにした」という部分もあります。
ただ、Aの虚言や狂人ぶりを、保護者なり何なりも知っていて、頭を抱えていたのではないかと思います。
僕としては、「僕のせいにできるものならしてみろよ。愚弄な大人諸君」と思っていました。
意識はしていませんでしたが、「立候補を勧めておいて、僕に票を入れないなんて不義理なやつは、地に落ちればいいんだ」と思っていたんですね。
ともだちバンザイともだちバンザイともだちバンザイ!
もちろん根がいいやつならそんなことはしませんよ。
これでも義理を大切にしますから。
Aが「絶交」されたのは、ただの自然の摂理のようでもあり、因果応報のようでもあります。
―
小5の時仲良かったV君が、中学でU君(他の小学校出身)にカツアゲされているのを助けなかったのは、「あの時同じクラスだったから」という理由だったことに気づいたりしました。
その後、U君は、僕ともう一人の威圧(二人とも何もしていません)によって登校拒否になりました(と聞きました)。つまり、U君ごとき、いつでも黙らせることはできたのです。
でもV君を助けませんでした。
14歳で触れていましたが、十三階段ベム系の友人は助けました。その時、学校外で接することはなくなっていましたが、やはり小学校の卒業名簿を見ると彼は別のクラスだったんですね。
「自己投票の1票事件に絡んでいない」
それがきっと彼を助けた理由になっています。
―
小6の時の担任の先生も大したことがなかったんだなということに気づきました。
声をかけてくれたのは女神さんだけ。
僕の「ともだち化」にしろ、Aの暴走にしろ、周りの大人は何の役にも立ちません。
何をしていたの?
何を先生ぶっているの?
何を大人ぶって偉そうにしているの?
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本当にいい人は、たまにいますよ。
母方の祖母、「理解者」のおばあさん、そして女神さん。エピソードとして強いものはその三者の記憶しかありませんが、それ以外にもちらほらいます。
でもたいていは、いい人のフリなだけ。
しかしながら、本当にいい人でも「抱え込みすぎて限界に来る」という場合もあります。
なので一律には論じえません。
―
ニセモノは、ニセモノです。
では、ホンモノはなんですか?
話もニセモノかもしれません。
ニセモノであるというニセモノかもしれません。
ニセモノではないと言ってもニセモノである疑いは晴れません。
結局、印象、蓋然性程度です。
方便も論理的には嘘でありニセモノです。
意図、動機が異なるというだけ。
客観的にホンモノかニセモノかどうかなど、どうでもいいのです。
自分自身が自分自身でホンモノかどうかが重要です。
自分の外側に「自信のようなもの」を支える何かを設定してはいけないということになります。
おわり