原始反射や神経的なパターン

今回の原始反射や神経パターンの話は、以前「ものの見事な幼児教育」で少し触れた発達支援施設において、保護者会のようなものがあり、そこで聞いてきたような話です。

どうやら発達の遅れがある場合、原始反射が残っている場合があるようで、ひとりの幼児がカイロプラティックでそれを指摘されて、背骨の調整と「原始反射に対する解除のような訓練」のようなものを指導されてから、多動傾向から落ち着きのある子にシフトしていったというような感じのようでした。

もちろん発達支援施設の方は、そうした原始反射と発達障害などの関係を一通り頭に入れられているようで、カリキュラムの中に、その子に応じた原始反射の解除的動作を取り入れられているようです。

原始反射というものは乳児についての本などを読んでいない限りあまり馴染みがないとは思いますが、大きな音がした時に手足を広げる「モロー反射」、口に触れたものを吸う「吸啜(きゅうてつ)反射」、物が触れると手のひらを握る「把握(はあく)反射」などがあります。

(うちの娘はモロー反射の時に、「コロッケ氏の決め顔」のような表情をしていました。

「お、滝川広志さん!」と、よく笑っていました。ちなみに記念撮影したものが残っています)

このへんの詳しい説明はAIや検索エンジンや専門文献に任せますが、つまりは、反射なので、意図せずとも起こるということです。

そこで反射の衝動はありつつ、社会的にはそれを抑制せよというようなことで、過剰なストレスがかかるということです。

背中や腰に刺激があるとクネクネしてしまうという「ガラント反射」というものがあります。

これは椅子に座って背中が当たると、意図せずクネクネしてしまうというものですが、社会においては「ふざけるな」「落ち着きがない」とだけレッテルを貼られてしまうような感じになります。

この構造は、むしろ拷問であり、う◯このでかい人たちが、反射残っている子どもを苦しめているだけではないかと思ったりもしてしまいます。

原始反射の残存を否定する人達もいるようですが、原始反射にしろ、仮にそれが、原始反射でなくても、「原始反射が長期間残っていたからこそその後の神経パターンでパターン化されてしまったもの」にしろ、「そうしない方が良いとわかっていても反射的にそうなってしまう」というようなものがあり、何かの訓練でそれを解除できる可能性があるのであれば、どんどん試してみれば良いのではないか?と思ったりしました。

訓練と言っても、動作的なものだったり、遊びの中に組み込むようなものばかりです。

「だるまさんが転んだ」というようなものも訓練になりますし、大きな音を出しながら踊りつつ、右手右足を体の中心より左側に出す動きを取り入れるとか、足の指で布を掴むとか、その程度のものです。

頭に電極を繋いで~

というような怪しいものでもなし、否定的意見など唱えていないで、どんどんそうしたものを研究していけばよいのではないかと思います。

こうした原始反射と発達の関係は、幼児教育現場、保育現場等々ではあまり意識されていないようです。

むしろ医師や幼稚園の先生に相談してみたが、何にもならなかったということで絶望する親御さんも多いようですし、何より、拷問を受けている幼児が不憫です。

もしかするとこれは幼児や児童等だけでなく、大人であっても通じるものがあるのではないかということを思いました。

原始反射ではないにしても、「神経的なパターン」を訓練することで、関係のなさそうなところが治ったりすることがあるのではないか、と。

いやいや、ちょっと待てよ。

どこかでそんな話を…

と思い返すと、それ、ミルトン・エリクソン氏じゃないか、と気づきました。

ミルトン・エリクソン氏は催眠の方が際立ちすぎて、そちらの印象が強いですが、「ひたすら親指だけを動かしなさい」「すきっ歯の隙間から水をうまく吹き出せるようになりなさい」とか、治療において客観的には意味不明に見えることをよく言っていたはずです。

傍から見ると意味不明でしょうが、別に摩訶不思議なことでも何でもありません。

「操作できないと思っているもの」に対して、操作できるという実感がやってくると、その他の部分に症状が出ている場合もそれが消える、ということです。

何となく、今回聞いた原始反射と発達の関係に通じるところがあります。

治療例として結構多いのが、「意図せず勝手にやってしまうことをあえて意図的にやりなさい」というようなものです。

「もしかして原始反射等々が残っているからでは?」というようなことを思った場合、そういう時こそAIをぶん回すときです。

聴覚過敏気味の子がいたとしたら、大きな音に慣れよう、人がいっぱいの環境に慣れよう、と無理に環境に適応させようとするのではなく、何かしらの遊びで感覚統合していくというのがいいのかもしれません。

それを解除することができるかもしれない遊びを提案させるだけですから、何のリスクもありません。

テストがてら結果を貼り付けてもいいですが、無駄に長くなるのでプロンプト(指示文)例だけを出しておきます。本来もっと具体的であればあるほど良いです。

聴覚過敏、特に幼児で集団生活において騒がしい他者の声に過敏な子に原始反射が残っている場合、その反射は何で、それを和らげる訓練となるような動作や遊びは何ですか?

可能であれば、感覚統合に詳しい作業療法士(OT)さんがいる療育機関などでアドバイスをもらうと、その子の特性に合ったより具体的なアプローチを知ることができたりもするようです。

それが理想ではあるものの、そういう機関は、そもそも発達支援の認定のようなものが必要だったり、認定されても半年待ちだったりと、すぐには取り組めないこともしばしばです。

ただこの手の「障害」と表現されているものは、どうしようもないものではなく、どうにかできるかもしれないものです。

個人的には、ミルトン・エリクソン氏級の治療家がたくさん出てきて欲しいと思っています。

意図しない反射にも関わらず、う◯このでかい人に苦しめられてしまう人々が、少しでも平穏に暮らせますように。

ただ、反射や障害という言葉を免罪符にする人が生まれないように、とも思っています。

しかしながら、一般的な論理の上での倫理観だけですべてを判断してコントロールしようと思っても「大元は神経パターンなのだから、根本からちょっとズレているのではないか?」ということも思っています。

Category:miscellaneous notes 雑記

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