アフォリズム 71-80
- 71.身の上の確認
- 72.みんなのために
- 73.男の権利
- 74.言葉狩り
- 75.だまし絵
- 76.若き日の栄光
- 77.誇りの感覚
- 78.都市部の地名
- 79.実際を知らぬ者
- 80.反応としての怒り
71.身の上の確認
親身に身の上話を聞いているふりをして、その後の断り文句を防ぐ材料はないかと探したり、背後に強力な保護者や仲間がいないかを確認しているだけの者もいる。
虎視眈々と何かを奪うために。
72.みんなのために
「みんなのために」ではなく、君の精神が騒いでいるだけではないのかね?
「みんなのために」はひとまず置いておいて、外界を条件にするその精神と対峙してみてはどうかね?
73.男の権利
「結婚とは、男の権利を半分にして、義務を二倍にすることである」とショーペンハウアーは言うが、君、新たなる権利、それにより受け取る経験の方を見ずに悲観しているんじゃないだろうね?
およそ同意する者は多いとしても、受け取りながら受け取っていないと言い張るのは、かなり厚かましいとは思わないかね?
君の厭世観にはほとほと呆れるよ。
74.言葉狩り
言葉を狩って何者かになった気分に浸る者は、先生に言いつけることによって鬼の首を取ったような優越感を得るような児童と何ら変わりない。
後ろ盾があると思うと強気になるような者は、否が応でもコントロールされる側に留まる。
75.だまし絵
自我による錯覚が解けるという感覚は、だまし絵の構造に近い。
一度気づくと、基本的には二度と騙されないが、意識せずに寝て覚めてを繰りかえすと、かつて見えたものを忘れることがある。
だが、またすぐに気づく。そしていずれ錯覚が生じ得なくなる。
76.若き日の栄光
若き日の栄光にずっと縛られているような者も数多い。
その日は確かに誇りに思えたことだろう。ただ、やはりその日のことは、今現在、誰に何の効用ももたらさないものなのであるから、今現時点でそれを持ち出すことは疎がられるだけとなる。
77.誇りの感覚
概念として保持している自らの誇りは、時に苦を生じさせる。
ずっと保持して良いのは誇りの感覚である。
78.都市部の地名
都市部の地名やその場所の属性をその国に暮らすすべての人間が知っていると思うことは基本的には傲りであり、共感性の欠如を示す。
そうしたものは、都市部で排除されないための自己防衛の結果ということもあるし、単にものの見え方が狭いというだけの場合もある。
79.実際を知らぬ者
その実際を知らぬ者ほど、恐怖心により邪推し、大いなる偏見を語る。
80.反応としての怒り
感情は反応であり、不快感は、その方向を向いてはいけないということを示す。
反応としての怒りは、思いを切り、その場を切り開き、良き展開をもたらす場合もある。よって、否定するものではない。
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