カテゴリー別アーカイブ: 第三書

曙光(ニーチェ) 第三書 曙光(ニーチェ)全記事一覧

「自然音」の礼拝

自然音がリラックスするというのはよくあるケースです。自然界にある音は、耳に入っても特に気に触りません。それどころか自然を感じられて穏やかな気持になってきたりもします。以前少し触れましたが、逆に不自然な機械音はイラッとしてきます。「ピッ」系ですね。 しかしその中間である、自然的な音でありながら、自然界ではほとんどありえない音というものがあります。鐘を鳴らしたような金属音です。 「自然音」の礼拝ということで、坊主がカンカン鳴らしていた音についてでも触れていきます。 坊主等々がカンカン鳴らす音には「四つ打ちによる催眠効果

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不遜ゆえの悪

無駄に遜ることも、とどのつまりは「慢」であり、何かに上下、同列を考えてのことです。上下を意識することのみならず、同じだと考えることも結局は何かの基準をもって選び分けているのですから。もういう判別はもう手放したほうがいいでしょう。特に人に主張しても結局は「だからどうした」です。 不遜ゆえの悪ということで遜ることと「図々しいため相手が先に折れる」ということについてでも触れていきます。 不遜(ふそん)とはもちろん遜(へりくだ)らないことを意味しますが、単に理性を持ちながらそれを手放せるのと、根本から理性がなく、感情の暴走

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消えた懐疑

古代人は― われわれと違って― 来るものに関してというよりもむしろ、現にあるものに関してはるかに懐疑的であった。 曙光 155 後半抜粋 「過去にとらわれずに」に続く言葉は「未来型思考でいこう」という場合が多いでしょう。またもや二元論化です。「ゆく年くる年」と聞いても、「え、今は?」とはならないでしょう。 現にあるものに懐疑的ということは、「?」の対象が未来ではなく今この場のあれこれに関して疑問を抱いていたということです。 未来は未来で今起こっている妄想ですから、それに懐疑的になっても、元が空振りで元が妄想ですから

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危機に瀕した者の慰め

どれだけのことが起こっても、慰めというものは必要ありません。起こった現象はすぐに消えすでに記憶になっています。記憶によって自爆しているのだから、何か他のもので埋めようとする必要はありません。 急激な危機に瀕する時は必死で目の前に対応しているだけで勝手に終わります。終わらなくても何かの結果を残して終わります。終わらなくても死んで終わりです。結局終わります。 それよりももっと問題視されるのはジワジワした危機です。 危機に瀕した者の慰めの中で、最も登場しやすい「危機に瀕した者たちの慰め」としての弱者の絆について触れていき

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不平家

それは、あの古い勇者の一人である。文明が彼の癪にさわる。文明は一切のよいもの、名誉、富、美人を ― 臆病者の手にも入り得るようにする、と彼は考えるからである。 曙光 153 不平家ということで、不平について触れていきます。不平とは何かを不満に思っていて、心が穏やかではないことを意味しますが、その奥には、不平等としての「公平ではない」という状態があるはずです。 不平家とは、そうした不平や不満をもつ者、「公平ではない不平な状態」を厭い嘆く者という感じになりましょう。 平等教育が進み、何かにつけて平等であり公平であるべき

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宣誓のひな型

「今私が嘘を言うなら、もはや私は決して真面目な人間ではない。誰でも私に面と向かってそういってよろしい。」―私はこのひな型を、法廷の宣誓とその際しきたりである神への呼びかけとの代わりにおすすめする。この方が強い。信心深い人でも、これに反する理由は持たない。 曙光 152 前半抜粋 宣誓とは、もちろん誓いの言葉を述べることであり、主に「誠意を見せるため」という目的のために述べる誓いの言葉のことを意味します。 宣誓というものがなぜ必要なのか、それは異なった考えを持つ人同士の中での一種の取り決めのような性質があるからではな

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ここで新しい理想がつくられる

恋愛状態のとき、自己の人生の決断を下したり、激しい気まぐれのために自己の伴侶の性格を断然決定してしまったりすることは、許されるべきことではない。われわれは、愛人同志の誓いを公に無効であると宣言し、彼らに結婚を許さないようにするべきであろう。 曙光 151 前半抜粋 性格も傾向はある程度固定的なものであっても、表に現れる行動などは一様ではありません。そのかかる負荷度合いが弱かったり、単発なら怒ることがなくても、様々な種類の強いストレスが連続して起こると、優しい人でも怒り出すことは当然に考えられます。 特に恋愛に酔って

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結婚の偶然

「まだひとりぼっち?」というような広告がよく出ます。まだどころか全存在は永久に独りです。独りでないかのように感じるのは錯覚ですから、独りであっても、誰かといても、結局は独りなのだ、と肝に銘じるどころかそれが自然です。 好きな人がいればその人と結婚すればいいですが、「出会いがないけど結婚がしたい」という人は、今一度自分がどういう理屈でそのようなことを考えているのか考えてみたほうがいいでしょう。 「みんなが言っている」というのは、世間の人を説得できても、僕のような類には通用しません。それは根拠として乏しいどころかナンセ

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小さな逸れた行為が必要である

オリジナルや個性という言葉がすごいことかのように取り扱われ、平均的な生活から「少しはみ出そうと」躍起になりつつも、自分塾を正しく開いてこなかった場合には、「オリジナルだ」と主張するようなものを創作したとしても、絶望するほどチンケなものになります。 楽器人生 さて、個人的に楽器をやり始めたのは、詳しく言えば幼稚園くらいですが、ベースなどを触りだしたのは中学生の時です。 相棒プレシジョンベースとの20年(2019年3月投稿) その当時は数人しかそういうタイプの同級生がいなかったのですが、中学校生活も終盤に差し掛かった頃

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