タグ別アーカイブ: 言語

空間感情の学び直し

たしかなことは、最高の幸福と最低の不幸の間の空間の広さは、想像された物の助けを借りてはじめて作り出されたということである。 最高の幸福を自己啓発ウェーイは「最幸」と書きます。それだけで新興宗教のような胡散臭さが拭えません。たしかなことは、最高の幸福は、群れてウェーイすることではありません。 幸福と不幸の間に空間があって、その間には多様な感情があるというように定義されそうですが、不幸な状態というのは、引用のとおり「想像された物の助け」によって生み出されています。 教養 「教養」という言葉がありますが、一般的に教養とは

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学者の偏見

ある研究が始まり、そのことは研究し尽くされている、ということは正しい意見ではありますが、昔より今の方がその分野への理解は進んでいるというのは全く誤謬で、さまざまな方法論的なジャンルやデータはたくさん膨らんでいったとしても、それは表現が変わっていっただけで一切進歩していない場合もあります。 さらにはそれどころか、元々は純度が高かったものが、「あるランクまでは学ぶ」ということをしていった結果、余計な不純物が混じって、結果の表現がおかしなものへと変化していくのが普通でしょう。 名言の解釈 これは、よくある「名言集」につい

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岸和田少年愚連隊

先日、中学生の時にテープが擦り切れるほど観た「岸和田少年愚連隊 BOYS BE AMBITIOUS」(1996)を改めて観てみました。ナインティナイン主演のやつですね。 観てみました、というような流れは苦手です。なぜならブログなどのタイトルが「○○に行ってきました」「○○観てきました」というのはおもんないグループのような気がするからです。俗に言う「踊ってみた、歌ってみた」の類の親類ですね。結局、消費者の域を一切出ない感じが寒いんでしょうね。特に面白く書いてくれるわけでもなし、ただ「○○しました」という「報告」に近い

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サブウェイ カラスマライン

ファイナルファンタジーのことをファイファンいうのは公式的には邪道とされていますが、「公式見解としてはエフエフです」といった当の会社の人は相当頭が悪いということはすぐにわかります。 なぜなら「FF結構面白いね」ということになれば、今までFRなどに乗っていた人がFFに乗った時に発した言葉と区別がつかないからです。つまりフロントエンジンフロントドライブですね。 それにFFなど当のゲームが発売されるより遥か昔からあります。 同様にセブイレのことをセブンなどと言ってしまえば、8と比較しての7の類と区別がつきません。RX-7と

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文化的

文化、文化的というと、様々な定義がありそうです。 ウィキに載っていたモノで言えば ハイカルチャーのように洗練されたもの 象徴的な思考や学習による信念やふるまいのパターン ある社会組織に共有されている価値観 上記のものは一切本質的ではないと思っています。説明になっているようないないような定義もあれば、半分くらいしかかすっていないような定義ですね。 エドワード・タイラーによる定義によると 広く民族学で使われる文化、あるいは文明の定義とは、知識、信仰、芸術、道徳、法律、慣行、その他、人が社会の成員として獲得した能力や習慣

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生きるって悲しい 改

人は焦ります。焦ったときは当然にそわそわしているので、それを苦しいことだと感じますが、ゲーム中に焦っているときは、「エキサイティング」を楽しんでいるだけで、特に苦しんでいるというよりは純粋に楽しんでいるはずです。苦しいのならすぐにやめられるのですから当然です。 想像力というものは強力なので、「なにか大変なことになるかもしれない」というイメージは相当自分を焦らせてきます。ところが、実際になにかが起こってもそれは大変なことではありません。腹痛のような激痛がくるのならまだしも、たいして自分には何のダメージもありません。ほ

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だまされるのはいつも言葉 改

日々暮らしていれば、ふとしたことから「言葉」にだまされてしまいます。 言葉の力については、過去記事で少し触れましたが、言葉よりも強力なのは関連思考と想像力です。 意志の力よりも 何度か触れましたが、意志の力は大したことはありません。 くり返し唱えられる「言葉」や、サブリミナルの前では、半紙で機関銃を防ごうとしているようなものです。 体育会系は意志の力を「根性」と置き換えて、それを凄いものかのように説きますが、あれは激しい運動で思考が弱っている時に「声援」や「喝」を入れるから効果があるだけで、実際はあまり意志の力は働

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呪文・そもそもはない 改

この呪文は一見、人の幸せを打ち消しているように思えますが、「ない」とは否定の意味ではありません。 否定とて、あることを前提にしているからです。 「そもそもはない」 存在する/しないの二元論の域をいっそ出てみましょう。 言葉というものは何かを限定する性質があります。 ある特定の概念を指して、それ以外を排除するという性質です。 そこでばっちり定義ができればいいのですが、それもなかなか難しい。 「りんご」といってもたくさんの種類があります。 品種に始まり、形や大きさにもバラバラなのにそれを包括します。 また、りんごの絵か

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だまされるのはいつも言葉

外国人が来て、怒った顔で自分に罵声を浴びせるとき、大抵は「何か悪いことをしたかな」と思うものです。 でも本当は「うちのオカンのカレーは格別にうまい!今度食いに来い!」と叫んでいたらどうでしょう。 言葉がわからない故に勘違いしてしまいます。 言葉には力がありますが、それは言葉に力という属性を与えているからです。 言葉に意味というラベルを貼り付けているからです。 一方で意思の伝達にはかなり役立ちますが、苦悩の元凶にもなりえます。 漠然とした言葉の意味にとらわれて、いつも感情が振り回されます。 しかし本当は感情を揺さぶる

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バル

時代時代で流行りがあります。 無刺激に耐えられない人が、刺激を求めて流行りを探します。 その事実だけは時代によって流行ったり廃ったりはしません。 最近では「バル」という看板をよく見かけます。 スペイン系の店ではかなり前から使われていたようですが、端的に最近のそれはただの流行りでしょう。 関係のない店でも、そんな名前を店舗名に入れています。 90年代に「ピュア」という言葉がよく使われた時期があります。 最近では使われると言っても、せいぜい「ピュアオイル」などです。 「ピュア」という言葉単体で使われるのは、サバンナの八

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辞書

歩こう会 「だ捕(拿捕)」など、普段使わない、読みにくい漢字は、最初から平仮名にしてあったりします。 僕は中学生の頃、「歩行(ほこう)くらい読めるわい!」と、 歩こう会のポスターにキレていました。 あれは「あるこうかい」らしいですね。 でも「ほこうかい」とも読めます。 この組織の名前をつけた人は、相当気が回らない人なのでしょう。 しかも、「いまや歩こう会は説明不要なくらいメジャー」くらいに思っていると思います。 そういう人とは友達にはなれません。 ― 控除という言葉があります。 「引いていきますよ」というような意味

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シャンプーの営業

もう何年も髪を切りに行っていません。 自分でバリカンでやっております。 最近でこそ坊主頭ばっかりしていますが、髪が長い頃もありました。 一番長い時で肩くらいまでありました。 中途半端な髪色が嫌だったので、染めるときはそれなりの激しい色にしていました。 たまにパーマもあてていました。 どうして、坊主にしたか。 それは、年々薄毛になってきていることも理由ですが、どちらかというと髪を切りに行きたくないというのがあります。 当時も自分でやるか、友達にやってもらうか、友達のお母さんにやってもらっていました。 あとは、手入れい

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