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曙光(ニーチェ) 第二書 曙光(ニーチェ)全記事一覧

道徳の変化

道徳にはたえず変形が施されて手が加えられている。― このことを引き起こすのは、上首尾の結末に終わる数々の犯罪である(たとえば、道徳的な考え方を新しくすることはすべてその一つに数えられる)。 曙光 98 いつでも決め事は解釈によっておかしくなっていきます。 解釈によって「うまいこと言うなぁ」となるのは、「心臓の肉1ポンドを切り取ってもいいけど、契約書にない『血』はダメよ」で有名なヴェニスの商人のポーシャみたいな言い訳ですが、これも従物として「血を流すことも含まれている」と解釈するのか、というような解釈問題になります。

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道徳的になるのは、道徳的であるからではない!

道徳に服従することは、君主に服従することと同じように、奴隷的でも、思い上がりでも、利己心でも、諦めでも、陰鬱な熱狂でも、無思慮でも、絶望の行為でも、ありうる。それ自体としては、それは道徳的なものではない。 曙光 97 つまりは校則に書いてあるからとか、上司にそう聞いたからという理由で「道徳」を守っているかのようなギムキョな言動は、道徳的なものではないということでしょう。奴隷的・思い上がり・利己心・諦め・陰鬱な熱狂・無思慮・絶望の行為、よくぞここまではっきり書いてくれたものだと少しニーチェに「ありがとう」を言いたくな

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