B層の研究

読書に意識が向いてきたので、図書館に行きました。

歩いて数分のところに結構な規模の図書館があるので、かなりありがたいです。

今まで読んだ本の8割は図書館から借りた本です。
古本市場などでは一気に50冊くらい買ったりします。
普通の本屋さんで買うのは数%です。

で、借りた本でも良い本は改めてアマゾンなどで買ったりします。

 日本をダメにしたB層の研究

先日の記事で「B層戦略の対象」などというワードを使いましたが、その直後です。たまたま、適菜収さんの「日本をダメにしたB層の研究」という本が目にとまりました。図書館でね。

この本の中のB層というのは、正確にはB層のみを指しているわけではなさそうですが、よく読んでみると、僕の2012年の研究課題であった「おもんないグループの研究」と同一のものではないかと思います。

若干の差異はあれど、同じようなことを考えている人がいたので、なんだか嬉しくなりました。

僕は政治系についてはあまり知りませんが、非常に面白い本だったと思います。

最後に載っていた別の著書を見てみると、「キリスト教は邪教です!」がありました。

。。。

持っていました。同じ人だったとは。。。

ニーチェに対してはかなりの偏見が出回ていると思います。

自分の心はいざ知らず、隣の人の心はかなり研究し尽くした人ではないでしょうか。

「ほら、あいつ、人に見られるために本を読んでるよ」

まあ現代で言うところの「電車の中で英書を読んでいる人」ですね。

などなど、人が目を伏せたくなる真実をズバズバ言う人でした。

おもんないグループの研究

おもんないグループの人たちは、概しておもろいグループのネタにされています。

僕が研究したのは、おもんないグループの行動形態、心理状況、「なぜ群れを好むのか」「なぜ、外部のツールに頼るのか」というような点です。

そして最大の目的は、どうしても気まずくなってしまう「おもんないグループの4番目」の人と接した時にいかにその状況を笑いに変えられるか、ということでした。

適菜さんはどうかわかりませんが、僕は、社会の状況を自分の幸福条件にしていないので、実はなんとも思っていません。

おもんなくても、B層でもなんでもいいのです。

ただ、楽しみたかっただけでした。

僕は「絆」という言葉が苦手です。寒気がします。

僕はB層のことを「ウェーイのやつ」と呼んでいます。

震災の募金活動についても寒気がしていました。

この違和感の理由を的確に論じてくださっていたのが「B層の研究」でした。

募金活動をするよりバイトして寄付したほうが効率的。

でも、それをすると「参加」している実感がわかない。

自分の意見を発して社会に参加している実感がわかないことはやらない、という点です。

ここは僕としては盲点でした。

僕は基本的に、

群れたい人が「口実見つけたぜウェーイ」

俺ってダメな奴なのかなという人が「俺って素晴らしい人間ウェーイ」

という自尊心の充足の視点が先行していました。

別の視点を教えてもらってなんだか嬉しかったです。

手を差し伸べるべき人たちは、おそらく他にもいるはずです。

震災が起こった時だけ、騒ぐのはすごく変な話です。

基本的に書評というものはする気はないのですが、面白かったのでメモとして。

以下、念のため補足(追記)

B層戦略

①IQを縦軸、②肯定的か否定的かを横軸とし、「IQ」が比較的低くかつ構造改革に中立ないし肯定的な層を「B層」と呼ぶそうです。概念としては「肯定か否定か」ですが、元々郵政民営化、構造改革がその対象なので「構造改革に中立ないし肯定的か否か」が狭義のB層になります。B層には、主婦、子供、高齢者層と定義されています(僕が定義したわけではありませんよ)。このB層は、雰囲気重視でマスコミ報道に流されやすく情報操作によっていとも簡単に誘導ができる層として、「多数決」である民主主義選挙で利用されました。

ちなみにA層は「IQ」が高く、肯定的、C層は「IQ」が高くて否定的、D層はIQが低くて否定的、と説明されています(定義したのは僕ではありませんよ)。

特にこの概念は、このときに初めて現れたわけではありません。かつて様々な国で「民主主義」が採用された時から、「民主主義の多数決をもって正当性をもたせる」というやりかたが現れてから、「じゃあ、頭の悪いやつにも一票があるんだから、そいつらを煽動すりゃいい」というやり方で利用されてきました。

昔はマス媒体がそれほど発達していませんでしたが、新聞やポスタ―機関紙などがその役割を担っていました。マスメディアが発達してからは、そこに「サブリミナル」という手法をさらに難なく組み込ませることが可能になりました。

IQが云々以前に、B層と定義される主婦、子供、高齢者層はテレビなどを良く見れる環境にあり、また実際に見ており(特に2005年頃はスマートフォンも普及していませんでしたから)、参政権はあるものの、実社会、といっても経済社会ですが、社会に参加していない(もちろん社会の構成員ですが、「消費者」としての参加がメインですね)ので、社会での実体験よりも、何かの情報源からの影響が強くなる層です。

実際にテレビ・ラジオ・雑誌の通販の顧客はこの層です。ネット通販は競合が多く、情報もその場で簡単に調べられたりするので少し異なるでしょう。

近くの家電屋で10000円で売っているものを、送料無料、分割手数料なしだからと15000円で買ってしまったりするのはこの層でしょう。

A層・C層・D層について

一般的な概念も一応記しておきますが、下部に「bossuによる再定義」を書き記しておきます。

A層

肯定的で頭のいい人達。財界勝ち組企業、大学教授、マスメディア、都市部ホワイトカラーなど。このA層にPRすることによって、B層を間接的に誘導するという手法が主流。

勝ち組だと思っていることで、無知が見えない「隠れB層」

会社で言えば愛社精神のある管理職をさらに洗脳していくようなパターンでしょう。

C層

否定的で頭のいい人達。「おいおい、都合のいいこと言ってんじゃないぞ」と、パフォーマンスの裏にある「野心」を見抜いてしまう人たち。

見抜いてしまうが、結局は叫ぶことくらいしか出来ない場合のある煩悶の多い層。否定の裏に、自分たちの思想などがある場合は、状況によりA層になる(つまり相対的)。ということは、場合によっては、悶々としつつも無知が見えない「隠れB層」

D層

消極的ニヒリズムに陥っている人達。明確な理由もなく「銀行が嫌いだ」などというような人たち。

何をやっても誰を応援しても、結果は同じだという諦めの境地に立ちつつも、誰かに縋り自分の不幸は社会のせいだと思っている人たち。

ちなみに無知とは「知識がない」という意味ではありません。どちらかと言うと無明的な意味合いです。特に知識への執着と、主義思想への執着と、高慢がありますから。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語のみ