ある時なんばの片隅で

ある時なんばの片隅で

土地柄か、何人かの芸人の友人がいるので、そいつらと飲んでいたときのことである。友人の後輩が突然言い出した。

「底辺の世界を見てみますか?」

底辺のイメージといえばミナミの帝王に出てくるような借金に追われたような人たちの世界のことかと思えば、「底辺の芸人」という意味だった。

「いやぁ見ても仕方ないかな。あれでしょ?オーディションライブとかに出てるような若い子でしょ?」

そう返したが、「いや、もっとすごいのがいるんですよ」という言葉に惹かれ、大阪ミナミの雑踏の中を歩くことにした。

歩みを進めると、雑居ビルの中に、パイプイスだけの狭苦しい豚小屋のような部屋があった。

「今日はやってないみたいですね。他んとこ行きましょうか」

「あんなとこ客なんて入るの?」

「客一人とかザラですよ。出演者のお母さんだけとか」

「こっちです」

「ここも今日は大したのやってないですね。また今度お誘いします」

そして半月ほどして、後に紹介されたその会場にあえて出演するということをしてくれたおかげで、「底辺の世界」を垣間見ることができた。

招待された会場の表にはボードが飾ってあり、チョークでその日のイベント内容が書いてあった。価格は500円だったような気がする。

音楽系のハコを少し簡略化したような会場にはたくさんの人が既に着席していた。

「あ、来てくれたんすね。ありがとうございます。面白いものが見れますよ」

「おお、さすがはスゴイ集客力やな!」

後ろから先輩と思しき男が声をかけてきた。

「いえいえ、ありがとうございます」

営業スマイルのような笑みを先輩に見せたあと、その友人の後輩と、少し開けた席に座った。

「今んとこbossuさんだけですよ」

「え?何が?」

「お客さんです」

「じゃああいつらは…」

「全員出演者です」

「マジで俺一人?で、それがすごい集客力なん?」

「そんなもんですよ」

さてさてお待ちかねのイベントスタート。まずは漫才が始まった。

一応形にはなってるいるものの、ネタも陳腐ならテンポ外しまくりの噛みまくり、お世辞にも何が面白いのか分からず、ただただいらだちだけが募った。

「新人?脱サラしてとか」

「いや、芸歴8年だったと思います」

次に現れたのは、漫談師。年の頃合40代半ばといったところだろうか。

「チャックに挟んで裏スジが切れちゃいましたー」

「この人も芸歴長いの?」

「この人はどっかの会社の社長さんで、趣味で始めて3年くらいだと思います」

次に関西弁ではないメガネ男子が現れた。

すると爆音で何かの曲というか、舞台音楽みたいなものが流れだした。

そして、オタク口調で「キャシャーン」などに出てくるようなセリフを長々と唱えだした。

セリフすら忘れたのか、途中からはスマートフォンを取り出し、読みながらやはり長々と呟きだした。

「これを見せられて、どんな感想持てばいいんやろなぁ」

「いや、気にしなくていいっすよ。僕にも分かんないっす」

おそらく「でくのぼうのできそこない」などと、いじめられていたであろう、大男がギターを片手にギター漫談を始めようとしていた。普段はベースを弾いてアコギはあまり弾かないが、ひとまずかなりの安物であることはひと目でわかった。リサイクルショップで3000円クラス。少しネックが反っている。その風貌から言ってテクニックも音楽的感性もあまり期待できないが、「どんな音を出すのだろう」と、ひとまずギターの旋律だけは少し気になった。

クラシックギター(ガットギター)の授業で、学校ではご定番の「禁じられた遊び」的なアルペジオから、芸は始まった。

「老後の楽しみに」と、通信教育セットを購入し、ギターを初めて持った老人のようなレベルのギターを聴かされ、よくわからないことをブツブツ呟きだした。

すると急に顔を赤らめだした。一瞬照明の加減と思ったが、みるみるそいつの顔は真っ赤になっていった。

大丈夫だろうか、酸欠で倒れるとかって可能性もある、と心配していると、

「ネタを忘れる~。ネタを忘れる~」ときた。

もうくたばってしまえばいい。

そろそろイライラが限界領域に達しそうになっていた頃、○○コーナー的なものが始まった。いまだに純粋な客は自分ひとり。

出演者全員がステージに上がると観客席が一人になってしまうからか、半分位の出演者だけがステージに上がった。

音楽に合わせて手拍子などをやりだした。もちろん叩いているのは出演者だけ。僕はあえてスルーした。

○○コーナーが終わると、本日の目玉あたりに該当するであろう、「まだこの中ではベテランの人」が登場しだした。

小学校の赤白帽をかぶって出てきたりした。

何が面白いのかわからない。

いや、おそらくこういうポイントを「面白いでしょ?」と訴えかけようとしていることは察知しているが、風貌同様小学生レベルの笑い。齢三十路にさしかかろうかという僕は全く笑えなかった。

その後も「この中ではベテラン」クラスが出てきたが、結局テレビや公の場では披露できないような過激な下ネタ、というだけだった。

「こういう人たちも一応メジャー狙ってんの?」

「もう傷の舐め合いですね。芸歴10年以上なんてザラですよ」

「何かをやってるって形が大事ってやつか」

「一応『やってます』ってことになりますからね」

「でも、入場料500円で俺一人なら意味ないよな」

「結局群れたくても飲み会ばっかりだったら、周りへの言い訳もできないっすけど、俺は芸事をやってるって思いたいんでしょうね」

「定職に就いたりしない言い訳?」

「そんなところでしょうね。周りへの言い訳と、自己説得ってやつじゃないですか?」

「そうか…それにしてもひどいな」

「学芸会でしょ?」

Category:miscellaneous notes 雑記

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