音楽についての対話

自分の中では当然でも、人には理解されないことがあります。

しかし、相手が自分には理解できないようなことを言うからといって、その人の頭がオカシイと決めつけてしまうのは少し早急です。

千原ジュニアさんの「14歳」で、「太陽を紫で描いて叱られる」というシーンがありましたが、同じような経験があります。

しかし、その時の僕は「先生はおそらくオレンジか赤で描いて欲しいのだろう」と、気持ちを汲み取って、先生に合わせてあげた、という記憶があります。

首を傾げ続けたカウンセラー

十代の時に何度か、半ば強制的にカウンセリングというものを受けたことがありますが、その時にテスト的なことをされました。

様々な色があり、その色について浮かぶイメージを答えてください、というものでした。

色彩のもつイメージによって、赤は情熱、などという答えが欲しかったのでしょうか。どういう意図かは知りません。

赤はA、黄色はB、黄土色はB♭…

僕は続けました。

「ちなみにDは銀、Dmは灰色、これがDm7になると燻銀になります。同じ構成のラドミ、でもラドミならキーががAでマイナーなので赤黒、でもドミラならキーがCになるのでまた違うように見えますよ」

カウンセラーは首を傾げました。おそらくそのような答えはテキストに載っていなかったのでしょう。

「聴けばわかりますよ」

そう答えて、部屋を去りました。

一人だけの理解者

そんなこんなで、マニュアル通りにはいかないような十代でしたが、カウンセラーは匙を投げたようでした。

聞くだけ聞いて、調べようのない、対処のしようのない答えが出てきて匙を投げるのがプロというのなら、そんなものがこの世に必要なのかは今でも疑問です。

しかし、唯一、ギタリストでもある友人だけは、先のような感覚を理解してくれました。

「こんなところにメジャーセブンス入れられたら、鼻に綿棒入れられたみたいになるわな」

「ここは冬の早朝御蔭通での深呼吸のような感じ。あの青白さを感じるね」

彼との会話はそのような感じです。

そんな彼に二十歳くらいの時に言われました。

「僕達の会話は、わかる人にはわかるだろうけど、他の人には多分理解されない」

良いことなのか、良くないことなのかは、わかりません。しかし僕たちにはそのように見えていた、というだけです。

たまに意図的にそういったことを言って、「つかみ所のないアーティスト」を振る舞う人がいますが、そういう類ではありません。

むしろ、このことによって、カウンセリングまで受けさせられた(ちなみに彼も受けさせられたようです)、という被害まで被っています。

今でも、「直島のかぼちゃ」を見ただけで、体臭のようなものを感じてしまいます。それは錯覚なのかもしれませんが、見ただけで寒気がすることは変わりません。

あるアイドルを見ると、なぜか焼き鳥のタレがこびりついた皿を思い浮かべてしまいます。特に食べたいとも思いません。はやく洗ってキレイにしたいと思ってしまいます。

音に関しての理解者は一人しか出会ったことがありませんが、顔や物を見た時に感じるニオイや感覚などに関して、友人はたまにわかってくれる人がいます。

しかし、友人の友人などには、わかっているふりをするような人もいます。それは感覚でわかります。そしてそういう人とは仲良くなれません。

おそらく友人といる時の会話は、慣れない人には理解できないような会話なのかもしれません。

だから元々大勢は苦手なのでしょう。今では接したいとも思いません。

音楽についての対話 曙光 255


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