正しい「思春期」 改

思春期には、正しくトンチンカン期を過ごさなければなりません。

つまり、何事も悶々と「一人で考えて答えを出す」、ということをこの時期に満喫するということですが、これを怠ると、義務教育上は問題ありませんが、後に「からのー、からのー、からのー」などと、安易な笑いに走ろうとして、大顰蹙を買うような大人になってしまいます。

ただ、最近気付いたことがあります。思春期にはみんな悶々とするのが当たり前だと思っていたのですが、実はそうではなく、いかに駆り立てられていたか、つまり○玉が強力だったかによって悶々度合いは異なるのだということです。これは元のDNAレベルから差があり、また、各家庭での食生活も影響しているでしょう。

正しい反抗期

前回の正しい「思春期」では、職員室での一件をお伝えしましたが、僕は中学生の頃、年間100~200回ほど、呼び出されていました。それほどに悶々としていたということになりますが、特に「逆らっていた」わけではありません。

逆らうということは、他人の意見に左右されています。あくまで他人の意見という前提があって、それに異を唱えるという構造ですが、僕の場合は、自分で出した答えが先にあって、それが相手の意見と異なっていて、自分の答えを捻じ曲げられそうに強制されかけた時に、弁護するという形がほとんどで、意図的に相手を怒らせようとしたことはほとんどありません。

テストはいつも満点近かったので、テストの比重が高い教科はそれなりの成績でしたが、一度、保健体育でひどい成績をつけられたことがあります。

僕の体育会系嫌いの原点です。

ある体育教師

ある時、「体育で自信のない者は、『保健』のテストを頑張るように」という言葉をかけられました。

体育の時間は、その先生に「なんでサンダルなん?仕事中やん?仕事なめてる?なぁ、お前なんて体育教師以外勤まらんで、せめてスニーカーなら理解できるけど。コネ就職?」などと言っていました。

体育会系が嫌いなので、特に頑張りはしませんでしたが、一応85点ほど取りました。平均点は50点ほどでした。

そこで僕がつけられた成績は「2」でした。5段階の2です。

そして、体育会系の同級生に聞きに行きました。すると彼はテストが38点で、「5」をもらっていました。それもそのはず、その体育教師が顧問を務めるクラブのメンバーだからです。

僕は激怒しました。そして、父に言いました。つまり、正攻法を使うことにしました。

その後、その体育教師と教頭は、うちに呼び出され、夜遅くまで拘束され、学年末で調整することを約束して、うちの父に土下座をすることになりました。

僕は逆らいたかったわけではありません。

無駄に全てに答えが欲しかっただけです。

過去記事⇒正しい「思春期」


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語のみ