最初に病が治った思い出の地へ

最初に病が治った思い出の地へということで、近々約10年ぶりに奈良県吉野郡天川村に行くことを予定しています(来週に行きます)。

いつも涙とともに何か大きな気付きをする時は、桜井市の長谷寺だったり、今回の予定地である天川村の大峯山だったりと、なんだか奈良県が多い気がします。

と言っても、今回お伝えする第一の覚醒のような事が起こった時は、天川村ながら時間の関係上大峯山(大峰山)こと山上ヶ岳(さんじょうがたけ)には登らなかったときです(その翌年に独りで行って登りました)。

天川村については以前にも触れていましたが、登ったときのことについてちらっと書いただけでした。

しかしながら、実際に登った年の前の年、「ただ友人とぶらりぶらり、天川村の洞川温泉付近をうろうろとしていただけ」という感じの単なる観光のような形で行った時に第一の覚醒が起こっています。

聞いた話ですが、ある人は、大峯山の横にある観音峯に登って自殺を思いとどまったり、精神疾患が劇的に回復したりなどなど、いろいろな人から不思議な出来事を聞く場所です。

それが磁場か何かと脳波の関係なのか酸素濃度なのか、付近の植物が出している成分なのか何なのかはわかりませんが、いわゆる本気のパワースポット的なところであります。

あまりパワースポットという概念に縛られないほうがいいと思いますが、気持ちが沈んでいる人が何となく前向きになってきて、「気晴らしにちょっとした観光くらいなら」という感じで行くのであれば最適なところだと思っています。おそらく近畿圏では最高クラスでしょう。

なお、大峯山は修験者が修行を行う女人禁制の山のため、女性は観音峯ということになっているようです(なお、僕はパワースポット的なものにも修験道にもハマっているわけではないですよ)。

個人的にもおそらく本当の最初の覚醒はこの地だと思っています(といってもこの場所で開眼したわけではありません)。

最初に病が治った思い出の地というタイトルにはしていますが、あまり深く考えずに捉えておいていただいたほうがいいと思います。

雑記的・旅行記ですが、うつテーマにカテゴライズしておいたほうが良いような気がしますので、うつテーマとして10年位前に天川村で起こった第一の覚醒についてお送りしていきます。

第一の覚醒

で「覚醒ってなんですか?」ということになりますが、それは単に「それまでの限界を超えた」という感じになります。

それまでの現状のゲシュタルトが崩壊して、新しいもう一段上のゲシュタルトが出来上がった、ということになりましょうか。

イメージとしては少年から大人へ、という感じくらいに思っていただいた方がいいでしょう。

で、その瞬間も明確に覚えています。

帰りのバスの中です。

職場の上司から話を聞いて、西の覗きと言われる崖から吊るされる修行が面白そうだと思い、昔からの冒険仲間を誘って二人で電車とバスで天川村に向かいました。

上司から陀羅尼助という腹薬がいいぞという話を聞き、「小遣い渡すから陀羅尼助を買ってきてくれ」と言われつつ、「いやぁおみやげに買ってきますよ」と返すと、「いや、お金を渡すから大量に買い込んできてくれ」と頼まれたりしました。

そんな感じで陀羅尼助ともどもワクワクしていました。

僕と冒険仲間は単車仲間であり、普段はだいたい単車で旅立ちますが、「登山のため帰りはヘトヘトになるだろう」ということで、電車とバスで向かったのですが、駅からの始発バスの天川村到着時間と天川村発の最終バスの出発時刻を確認してみると、「大峯山を往復したらギリギリやないか」ということになりました。

頼まれている陀羅尼助などを買う時間も無いくらいにカツカツです。もしかすると想像よりも時間的余裕があるのかもしれませんが、登山の目安時間などを見るかぎり時間がギリギリで、なんせ初めて登る山ですし、食事時間の確保なども必要になります。

そして万が一の怪我などのトラブルによる時間の遅れを考えると、少しリスクが高いと判断したため、「普通に観光しよう」ということになりました。

まずは鍾乳洞の方に向かったのですが、その時もある程度寒い時期だったので、営業期間外ということで鍾乳洞の門は閉まっていたりしました。

で、鍾乳洞プランはナシになったのでどことなくそのあたりの山っぽいところをぶらぶら歩いていました。

その時に冒険仲間とロボットの話になり、「ロボットで二足歩行はかなり難しいやろうなぁ」などという会話をしつつ自分の足元を見ると、ありえないほど正確にバランスを取りながら歩いていることに気づきました。

「あれ?」

と、何気ないことで、当たり前のことですが、「これをこの速度でこの重量で、この山道という条件なら、想像以上にかなり複雑なことをやっているのではないか?」ということを考え始めました。

しかもたまに友人の方を向いたり、景色を見たりと上半身は動かしながら、さらに会話までしているのですから、これを全部機械として再現しようと思うとかなりのことをやっている、という感じです。

で、自分たちとしては「ただこの辺をぶらぶら歩く」ということしか考えていないわけです。

でもこの体でやっていることと言えば、これをコンピュータにやらせようと思うと、ハードの設計を含めて気が狂うほどの設計が必要なんだなぁということを考えました。

「???」

その時は何となく不思議な感覚になりました。前から知っているような当たり前のことに気付いただけですが、すごく変な感じになったのです。

それから洞川温泉付近をブラブラして、昼食を取って、上司に頼まれた陀羅尼助を山盛り買い込み、洞川温泉に行きました。

「これはまた来年やなぁ」

「次は泊まりで来なあかんなぁ」

みたいな感じで、冒険仲間とほっこり温泉に浸かっていました。

ただの男二人旅です。

集中から全体へ

さて、単なる思い出話になりそうなところで、ここまでキーポイントとなる前提に触れていなかったので、ここから触れることにします。

ちょうどその年、パニック障害とうつを併発していた時期を共に過ごした彼女と別れていました。その詳細についてはまた別の機会に触れることにして、病中のすべての時期ではありませんが、病気のことも受け入れてくれつつ4年以上付き合っていた彼女とその年にお別れをしていた、という感じです。

で、その別れが悲しいとか、それを引き摺っていったとか、そういうことではなくて、一人に集中していた意識の部分に穴が空いていたという感じでした。

思えば4年以上の間、僕の中ではある種生活を彼女を中心とし、最も重要な対象として過ごしてきたわけです。

彼女だけが好きな人であり、その他の人は一部の友人、バンドメンバーなどを除いてほとんど敵です。インコのピーコちゃんも亡くなっていましたし、本当に仲の良い友人などを除いて、世の中のほとんど全てが敵でした(なお、陀羅尼助の上司は、息子さんが同じ病気を患っていたため、親身に接してくれていた良き理解者の一人です)。

で、その好きな対象、いわば愛の対象としては、色々総合するとダントツトップがその彼女だったわけですが、その部分がぽっかり穴が空いたようになっていました。

それまでは、その人とのよりよい人生を目標として過ごしていましたが、そうしたビジョンが一切なくなる感じです。

で、「この先どうしたものか?」

ということをしばらく考えていました。

で、ひとまずは友達と遊ぼうという感じで過ごしていたため、その時は冒険仲間と天川村に行った感じです。

天川村からの帰りのバスの中で、友人が爆睡し始めました。

大峯山には登っていませんが山を歩いたり温泉に入ったりしていたためすごく眠かったのでしょう。

鍾乳洞も閉まっているくらいですし、観光客は少なく、さらに最寄り駅からのバス料金は結構するのでほとんどの人は自家用車で来るのが普通といった感じなのか、バスの中には僕と友人しかしませんでした。

確か最終バスの出発時刻は15:50くらいでした。

峠を走るバスに揺られながら、徐々に柔らかくなっていく陽に包まれ、温泉入浴後の心地よさも相まって、僕もウトウトし始めました。

その時です。

僕は昔から個人の自由を尊重する節があったので独占欲的なものは全くありませんでしたが、愛の対象として今まで一人の人にだけ執着していたという「感覚のカタマリ」が、地球というか宇宙全体に広がっていくような感覚になりました。

眠気か感極まってかはわかりませんが、涙を流しながら僕はハッと目が覚めました。

「そうか、じゃあ今まで彼女に対してだけあった愛のような思いを出会う人達に公平に分配していこう」

という謎のフレーズが浮かびました。

一極集中していたものが全体に広がった感じです。

で、その感覚は100を1ずつ分配するという感覚ではなく、無限のものを無限に分配するというような形でした。

そして、それを個々に判断しなくても、山を歩いていたときのように、自分がフィルターさえ作らなければ、勝手に最適に分配されるというようなことが勝手に思い浮かびました。

意識して「足をこの場所に置く」ということをしてもいいですが、特に意識しなくても、うまい具合に足は進んでくれるという感じです。

しばらく悶々と考えていたことの答えのようなものがここで見つかりました。

なお、ハッと目覚めたことに触発されてか、友人も起きました。

が、薄目で「涙目の僕」を見て、寝たふりをしてくれていたような気がします。

その翌日からの僕

その日はそんな気付きや旅の疲れがありましたので、帰ってすぐに寝たという感じでしたが、その翌日からは全身に気が満ち溢れているような感じになりました。

で、2つのことを実践することにしました。

意図とリラックスと無心

ひとつは、山を歩いていたときのことを思い出し、大まかな意図だけ設定して、後はリラックスして考えずにやることです。

山歩きのときも、道が2つに分かれていて、「どちらにしようか」と悩んだり、人と相談している間は前に進みません。

「それこそが無駄なんだ」ということに気付いたので、そうした検討をさておいて、とにかくリラックスして考えずに最速をイメージして何事もこなすということにしました。

「多少判断をミスしてアラが残ってもいいや」

そんな感じで、あまり考えずに物事を行うようにしました。

敵のために祈れ

そしてもうひとつですが、「敵のために祈れ」というイエス・キリストのように、仮に敵であっても、明るく元気よく、相手がどういう態度を取ろうがこちらは心地よく接するということをしてみました。これは彼女への愛のようなものを全体に広げるというあの覚醒の実践です。

彼女への愛を考えた時には、当然「見返りを求めない愛」が最高です。ということで、敵であっても、「その後、態度を改める」等々の見返りを求めずにやってみました。

といっても、イエス・キリストもパリサイ人などには、「偽善者よ!」などと言っているシーンがありますので、まあできる範囲でという感じで自分に優しく設定しておきました。

こちらについては、ひとつの工夫とひとつの目標を設定しました。

爆笑ストック200

まず「工夫」ですが、僕は作り笑いが苦手です。自己欺瞞ですし、自分にも相手にも嘘をつくことになり、何だか嫌です。

ということで、「爆笑ストック200」というものを用意しました。

これは作り笑いが苦手なら、思い出し笑いで笑ってしまえ、と言うものです。一応僕のオリジナルです。

天川村からの帰りのバスの中で思いつきました。

僕は今でも夢の中のストーリーに爆笑して目覚めてしまうような意識を持っています。それくらいに頭のなかに爆笑ストーリーの素材が揃っている感じです。

そういうわけで、実体験や過去に見たお笑い作品でも何でもいいので、思い出したら笑ってしまうものをたくさん用意しておき、人に会う前に思い出して、気持ちを「笑い」にしてから人と接するという感じです。

できれば爆笑が理想ですが、何度も思い出していると効果が薄れる可能性もあるので、なるべくたくさんのバリエーションを用意しつつ、結果としては軽くにやけてしまう程度のもので大丈夫です。

人に会う前、挨拶する前に思い出して、意識を笑いの方に持っていきましょう。

すると、よほど嫌いな相手でない限り、微笑みながら挨拶することくらい朝飯前になります。

変人のおじさんに挨拶してもらうという目標

当時の職場の顧客で、一切口をきいてくれないおじさんがいました。

訪問しても書類のやり取りはしてくれるものの、こちらが挨拶しても無視され、目すら合わせてくれないという、いわゆる変人のおじさんです。

終始無言であるため、特に変なクレームを付けてくるわけでもなし、ある種無害な人でしたが、歴代の担当者で現役で職場に残っている人の中には、彼の声を聞いた人は一人もいないという感じの顧客でした。

そういうわけで、僕はそのおじさんに挨拶をして、挨拶を返してもらうという伝説を作りたいと思いました。

内容としてはチンケなものかもしれませんが、クレーマーというわけでもありませんし、第一の覚醒後の最初としてはちょうど良い目標になりました。

相手が根負けするまで明るく接してみる、という感じです。

そして確かその目標を設定して2ヶ月か3ヶ月して、目標を達成することができました。

「まいど」や「おはよう」や「ごくろうさん」という言葉を返してくれるようになったのです。

確かに大したことではないかもしれませんが、その少し前まで全世界のほぼ全てを敵だと思っていた僕としてはすごい出来事です。

待ちの姿勢でもなく、自分を正当化して相手の非をツッコむわけでもなく、自分発信で人の心を動かすことができたということと、この世の中は案外優しいということを実感できたからです。

その後、趣味はフォークギターの演奏であることなどを話してくれるようになりました。

自分と世界の壁が朧気ながら壊れた瞬間でありました。

重要度の配置換えと新しいゲシュタルト

風邪やインフルエンザなどと異なり、たいていパニック障害やうつ病は治った時期というものがはっきりわかりません。

しかしながら、僕個人としては、波がありつつも症状が年々マシになりつつ、あの天川村からの帰りのバスの中でひとまず完治したと言い切って良いと思っています。

その後に開眼するまで、何度か心が折れた事があるので、再発可能性ゼロの治りではないと思いますが、ひとまずその時期の大枠としての原因が消え去った瞬間であったと思っています。

今、あえてレベルを落として言語で表現すると、おそらく重要度の配置換えが整い、新しいゲシュタルトとフレームができたという感じになりましょう。

アイツこと自我のフィルターを通して観るということは、何が重要で何が重要でないかという色眼鏡で観るということです。

すごく日常に置き換えて考えた場合は簡単です。

京都に住んでいる人であれば、いま自分がいる部屋でテレビがついていて、自分は他のことをしていてテレビ画面を見ていなくても、テレビの音声から「京都」という単語が聞こえた瞬間にテレビ画面を見ようとしませんか?

で、仮にそれが外国の縁もゆかりもないような地名だったら、それまで同じようにテレビをそれほど気にしないにも関わらずです。

そんな感じで、無意識的に重要なものが設定されています。そしてそれは自分との関連性の中での重要度によって並べられています。

自我自体が、そうした関連性の集合地点だと思っておくくらいでちょうどいいですからね。

で、そうした中で何がどういう順番で並べられているのかによって、目の前をどう把握し、どう解釈するかが変わってきます。

何を見て何を見ないか、何を見ると何を判断してどんな反応をするのか、というところです。

そうした対象のまとまりをゲシュタルトなんてな呼び方で呼ぶことがあります。

で、僕の場合は、ゲシュタルトが壊れていたわけではありませんが、彼女がいなくなってから、重要度のバランスが大きく変わりました。

だからこそ世界をどう見るか、ということについて不安定な状態だった感じです。

そして社会や人間というものをどう見るかということや、その対象に対しての反応がある程度病的だったということになります。

だからこそ、結果である体の不調を薬などで物理的に調整しても、「病的であるモノの捉え方」が変化していないため、またそれに応じた意識の状態が続き、緊張状態が続き、体が不調になるという感じのことになっていた、と捉えていただければいいでしょう。

それは「この考え方が病的である」という基準があるというよりも、その考え方の状態が続いている間は実際に症状が出ていたのだから病的であると考えても良いはずです。

勝手に頭がまとまり、答えがやってきた

で、意識の中の重要度の高いものが配置換えを余儀なくされたので不安定な状態になっていたところを、「今後どうしていくべきか?」ということを、常に議題として無意識に保持しながら、意識して考えずに友人と爽やかな山を歩き、ポカポカの温泉に入りという感じで非常にリラックスして過ごしたところ、勝手に頭がまとまり、答えがやってきたという感じになっています。

友人を集めて相談したりしたわけではなく、自問自答をしたわけでもありません。

勝手に新しい世界像と新しい過ごし方などがやってきたのです。

この時、論理で考え尽くしたわけではありません(それまでの間にたくさんの本を読んだり、思索はしていましたが)。

そして、新しい世界像ができたということは、それまでの世界像は自動的に崩れ去ります。

ということは、「病的な考え方」もその考え方が呼び起こす「意識の状態」も意識の状態が呼び起こす「緊張」も、「さーて、どこへやら」です。

もしかしたら完全ではないかもしれませんが、世界をどう捉えるかが変われば、確実に原因にも変化があります。

部分的にでも変化すれば

ということは、一気に全てでなくても、部分的にでも変化すれば原因が弱まっていくということが考えれられます。

例えば、社会全体が不景気だとして悲観的になったりすることよりも、とりあえずは「自分が接する範囲だけが世界だ」ということにしておいて、自分の周りだけが好景気であればそれでいいという感じでいかがでしょうか?

というよりも世の中が不景気であろうが自分は景気が良ければそれでいいのではないでしょうか?

世の中全体を変えなくても、自分が直接接するところだけが、健全であればそれでいいという感じでいかがでしょうか?

世の中が悪人だらけだと思っていたとしても、「ひとまず自分の身の回りには善人しかいない」と思っておくのはいかがでしょうか?

仮に目の前の人が、世の中では悪人だと思われている人であっても、「自分には優しいので全く問題がない」と思っておくのはどうですか?

世の基準がどうあれ、自分が今どんなことを感じているか、というのが全てです。

誰もが無視するような変な人がいたとして、「自分とその人との関係性」の中で、快くありたいか、不快でありたいか、ということを考えれば、自ずと答えは見えるはずです。そこに第三者を持ち込む必要はありません。

その変な人に特に深入りする必要はありませんが、すれ違う度に「おう!」と挨拶し合うか、それともすれ違う度に睨み合うかどちらのほうがリラックスし、どちらのほうが緊張するかということに思いを馳せましょう。

自分が見ている世界を無理に変更しようとする必要はありません。

しかしながら、今より一ミリでも快く過ごすにはどうあるとよいのか、という意図だけは持っておきましょう。


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