書庫の作成

特別企画中ですが、投稿時期にとらわれないようにカテゴリ別のページ送りを設けました。特別企画中は、なるべく連続して投稿しないと前後ページの一貫性が保たれません。それを気にしないでおくためと、一応全記事一覧を設けてはいるものの、数が増えると内部リンク構造を見直さないと埋もれてしまうものが生まれるのではないかということで、さらなる内部リンク構造としてカテゴリ別の前後ページ送りを設置しましたが、現在10/23日です。つまり溜めて出している証拠ですね。この記事が反映される頃にはもうとっくに馴染みになっていることでしょう。

書庫の作成

と、言いつつなぜそんなことをしたのかというともう一つ理由があります。それは、書庫のようなものを作成したくなったからです。オリジナルはオリジナルですが、参考資料のようなものや、書き留めておきたいものを本体とは区別して設置してみようということです。なぜそのように思ったかというとこれには二つの理由があります。

ひとつは、いつでもどこでも読み返せる広告なしの資料ページを作りたいこと。クラウドでいいじゃないかと思いつつも、それをクラウドのようにアプリケーション的制限をかけずに、さらに自分以外にも公開すること。ただ、ブラックSEOのようにコンテンツを量産するために転載するわけでなし、ペナルティを食らうのも馬鹿げた話です。そういった対応はもちろん行います。

そしてもうひとつの方が本来的な目的です。

インターネット時代の方便

それはいわゆる釣りのようなことかもしれません。ただ、普通の釣りと違うのはその記事の内容が正しいなどと言わずに、釣りだと宣言しているところです。アフィリエイトサイトならそれでも広告のビューなどが増えるので釣りでも集めたいでしょうが、そういうわけではありません。広告を付けるつもりはありませんし、有名になりたいとも思いません。どちらかというと煩わしいものを避けて、ひっそりと暮らしたいというのが本音ですから。

さて、書庫の作成ですが、これは一種の実験的な遊びでもありながら、インターネット時代の方便です。

かつて、ブッダやキリスト、つまりセイントお兄さんですが、そんな人やその弟子と言われる人たちは、各地を練り歩き、いろいろお話していました。

キリストの弟子は、どこの家に入っても、まず「平安がこの家にあるように」と言いなさいとイエスに言われていました。

これが現代のインターネット空間で再現されるなら、ブログのコメント欄に「平安がこのブログにあるように」と書き込む、ということになります。それでは、ただの気が狂れた変人であり、話すら聞いてもらえません。

「悔い改めなさい」とか、「わざわいだ、偽善の律法学者パリサイ人よ!」などと言っても、相手にしてくれるのは教会関係者くらいで、インターネット空間で練り歩くとなると、普通はそのようになってしまいます。つまりただの荒らし行為ですね。それでは本末転倒です。

一方、そんな極論を言わなくても、普通に何かコメントすればいいのではないか、ということがあります。それはそれでいいのですが、結構な手間の割に自サイトの宣伝をしているというだけで相手には嫌がられます。

そういえば、昔作ったテスト用レンタルブログで再びテストしようと思い、久しぶりにログインしてみると、「テスト」とだけ記載してあるページに「共感しました、よろしければ私のサイトもご覧下さい」と、リンクが貼り付けてありました。どういう共感か気にはなります。

商売には自ら営業に出向く場合と、店舗を構えてご来店いただく、という手法があります。これはご来店型の手法ということになりそうですね。

どのような方便か?

仮のたとえで、悟りに導くのが本来の方便ですが、ひとまずは伝えなければなりません。では、どういう人にどういったアプローチするのがよいでしょうか。対象はアイツに翻弄されている人です。嘘をつくというわけではありませんが、特に本来的には役にも立たないような情報をたくさん載せてでも、引っ掛けることです。そしてそんな知識や情報に翻弄されること、それが変だというようなことを伝えていこうと思います。ギャンブルなど、あまりに低俗なものは避けようと思います。

そのためには通常のコンテンツと切り離さなければなりません。トップのインデックスからは除外します。最近の投稿からも除外しましょう。

あくまで書庫としてのディレクトリを設けて、アイツが大好きそうなタイトルで情報を掲載します(アイツとは自我です)。内容は少しおカタくなったり、また、間違っている情報、検証していないようなものを載せる場合もあるかもしれません。あくまで釣りですので、厳密には書きません。データ内容の不備はご容赦ください。

こんな「釣り」をするとアイツに振り回されている方々からは、おそらく怒りを買うでしょう。ただ、僕は誰かに怒られても平気です。そんなことは気にならない境地にいますから。

ただ、このページを見ない人には該当ページがどういう趣旨かはわかりません。それを回避するために「釣りですよマーク」を付けようと思います。付けるかはわかりません。もちろんマークをつけなくても、本文中に警告的な文を記載することになると思います。いくら情報の寄せ集めでも、僕というフィルターが確実にかかるのですから、大丈夫でしょう。


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