忙しい人の「忙しさ」はただの混乱

忙しい人や忙しない人が持つ「忙しさ」はただの混乱だったりします。

忙しそうにしている人ほどただ単に頭の整理ができていないだけで、大したことはしていないというのは、世間でもよくよく実感されているはずです。

忙しくしているということは、嘸かし大層なことをしているのだというような印象もありながら、結果を見ると大したことはしていないという感じです。

すべてを結果ベースで見るとわかりやすいのですが、結果を見ずに「いかに頑張ったか」ということを評価対象になどするからこうした錯覚がいつまでも起こりうるのではないでしょうか。

でも、そんなことを否定的に捉えるために書いているのではありません。

肝心要はそうした「忙しさ」は単なる混乱であり錯覚であるという点です。

世の中では時間節約術のようなものもたまに紹介されていますが、そうしたものは大したことはありません。

問題は「忙しい、忙しい」というふうになっている意識をいかに静めるかです。

やることが明確であり、順序も明確であり、所要時間も明確であるならば混乱はしません。

忙しい人は単に「やるべきこと」を同時に抱え込み、それらのタスク内容・プロセス・かかる時間が頭の中で渦巻いているだけということになります。

そういえば最近ではスマートフォンの普及に合わせてかあまり紙が有効活用されなくなりました。

こうした時こそ手帳のようなものに手書きでリスト化していくことが功を奏します。

日常の精神的な疲れなど、人間関係の軋轢か、こうした「忙しさ」という名の混乱くらいしかありません。

仕事上において人間関係の軋轢以外で「イラッ」とする瞬間など、何かをしている時に追加注文が入ったときです。

想像してみてください。

何かの仕事をしている時に脇からどんどん人が押し寄せ「後でこれやっておいてください」と注文に来て、すぐに電話が鳴り、「あとであの書類を送ってください」と言われ、新規メールはバンバン来るという感じを想像してみましょう。

そして自分の中でせっかく優先順位をつけて片付けていこうと思ったら「急ぎでお願いします」とまた追加注文がやってくる、と。

だんだんイライラしてきますね。

一応それを見事に解消するのが「手書きでリスト化すること」です。頭の中でまとめきれない量になった時にタスクを書き留めておくというやつです。

そしてそれ以上に最強に忙しさを解消する方法もあります。

それは、忙しいという混乱自体を無効化してしまうことです。

「忙しさ」への通常のアプローチ

忙しい人の忙しさに関する解消法として世間で話題となるのは、タスクを処理する方法や時短術的なもの、To doリストの作成くらいがせいぜいです。

それはそれでいいのですが、こうした忙しさの解消のアプローチは、いかにも西洋的であり、「欲があるならば、いかに欲を満たすか?」という方向性しかもっていません。

経済誌などでもこうした忙しさ解消の特集が組まれたりもしますが、そうしたものは所詮仮観の見方であり、お金が欲しい人に対していかにお金を稼ぐかを教えるようなアプローチしかしていません。

確かにいつも「忙しい」と言っている人は、単に頭がまとまっておらず本人が混乱しているだけなので、そんな混乱が無くなれば多少は忙しくなくなります。

所詮「忙しい」というのは一種の感情であり、意識状態へのラベリングにしか過ぎないのです。

紐解けばそれぞれは簡単なことの組み合わせ

そういえば勤め人の頃、相続関連の手続きなどを処理していたことがあります。

その時、お客さん側は「大変だ」とか「すごく忙しかった」とばかり言っていましたが、中身を見てみると特に大したことはしていません。

複雑な何かを頭を使って考えたというわけでも何でも無く、お客さん側がやることとと言えば、必要箇所に記入し、届け出場所に届けに行くくらいです。

それのどこが大変なのか?

一つずつの作業や行く場所、誰かに会って伝えるべき内容、すべてを紙でリスト化し、ひとつずつこなしていけば大したことはありません。

恐怖と知性

しかしながらそうした処理は、初めての人ならば全体像がわかりません。そしてやるべきこともよくわからないのです。

ということで、何からどう手を付けていいのかわかりません。

ということで混乱します。

その上で、時間的に急かされたりすると、「忙しい」という状態になってきたりするのです。

そして、そうした案件を抱えながら日常の生活などなど複数の物事を抱えだすと、何をどういう順番でこなしていけばいいのかわからなくなり、「忙しい人」になるのです。

しかし、一つずつの対象を紐解けば、それぞれは簡単なことの組み合わせにしか過ぎず、それぞれにかかる時間は大したことはありません。

しかしながら範囲や手順が多くなると混乱していきます。

それが忙しさを演出しているにすぎないのです。

パソコンを開いてワード・エクセル・パワーポイント、そしてブラウザなどなどそれぞれのソフトウェアを開きながら一文字ずつ打っては次のソフトに移って作業をして、ということを繰り返している状態です。

パソコン内の作業でもウイルススキャンなどなどバックグラウンドで処理を進行しつつということもできますが、いくら複数のソフトを立ち上げられるからと言って文字入力などの人的作業を同時に行うことはできません。

少しやっては他のソフトに移り、ということは合理的ではありませんし、もちろん立ち上げているからにはメモリなども食います。

異なる対象のものを一コマずつ処理していくなど手塚治虫氏くらいしかできません。

メモリ不足やCPUの高負荷でパソコンが悲鳴を上げている状態、それが忙しい人の頭の中です。

そのような感じで、バックグラウンドで処理できるものは並列処理してもいいですが、作業対象として意識の焦点をあてる先は基本的に一つです。

すなわち、パソコンで言えばキーボード操作をするソフトウェアはそのタイミングで一つしか対象となりえないように、ひとまずは一つのことに徹底的に焦点を当てるべきなのです。

自己観察と実況中継で混乱を無効にする

その「やるべき仕事」のようなことが本当に取り組むべきようなことなのかという判断も含めて混乱を解消していく必要があります。

しかしながら、そうした「やるかやらないか」の判断はさて置いたとしても、ひとまずは混乱を解消していく必要があります。

所詮忙しいというものは感情にしか過ぎないのです。

そしてその感情は良い感情ではありません。

ということで時短術などもさておいて、意識的に忙しいという感情を無効にするということから始めてみましょう。

「忙しい人」が持つ「忙しさ」を全て解消する方法、それはヴィパッサナーです。

自己観察と実況中継をすることで混乱を無効にすることができます。

忙しいという状態など、ただの頭の混乱です。

自分のすべての動作を観察し、実況中継しながらこなしてみましょう。

そしてその上で、その作業自体にかかる所要時間を受け入れるという感じです。

たいていは、歩いていても意識は別の場所に行っています。

会社に出勤するときだったら、意識の何割かは会社に行っていますし、会社で起こった過去のこと、今日以降に会社で起こりそうな未来のことにすら意識が向いています。

それを徹底的に「歩く」という動作に意識を向ける感じです。

で、駅まで10分だとすると、多少の前後はあっても必ず10分位の間は歩くことになります。その時、歩くことだけに集中するという感じでいると「忙しい感情」が無くなってきます。

その上、その状態の方がより一層無意識はより良く活動します。結果的に無意識でバックグラウンド処理している内容の処理速度が向上するのです。

そして感情に苛まれることが無くなります。その分健康にすらなってしまうのです。


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