子供らしい

子供のように生きる― したがって自分のパンのために戦わず、自分の行為に決定的な意義が属していると信じない― 者は、いつまでも子供らしい。 曙光 280

温泉やスーパ銭湯などに浸かっていると、他の客の中に騒がしい子どもがたまにいますが、動きまわるだけでなく「奇声を発する」という場合があります。

この奇声に違和感があるのですが、もしかしたら忘れているだけで、自分もこの手の奇声を発していたのではないかと思い、両親に聞いてみると、

「そんなことは一度もなかった」

と言われました。やはり、自分は発していなかったようです。

奇声を発する子ども

事実、奇声を発する子どもは、奇声を発した直後に「自分が周りに注目されているか」を確認しています。度重なる温泉での観察で蓄積した主観データによる結果です。

子供の時の気質

さて、子供の時の気質は、大人になってもずっと残ったりするという事がよく囁かれます。シニアになると、子供の頃の性格が顕著に出ると言われます。

振り返れば、小学生の頃と中学生の頃では真逆のような性格をしていました。しかし変わっていたようで、本質は変わっていなかったように思います。今でもあの時のままのような気もします。

そういえば、以前おばあちゃんの遺品整理をしていると、次のようなものが出てきました。

スーパードッジ

これを見てピンとくる人はおそらく同世代でしょう。

発見した時は思わず笑ってしまいました。

おもちゃ屋と公園

当時は、街にたくさんのおもちゃ屋がありました。小学生くらいの時は、毎日のように顔を出していたような思い出がありますが、ほとんどどころか全滅に近いくらい数は激減しました。

おもちゃ屋か公園に行けば、約束をしなくても誰か友だちがいるというような頃です。

ところが、20歳くらいからは玄関の前ですら携帯電話で呼び出すようなことをしないと、怪訝な目で見られるような時代になりました。

有料であればあるほど、価格がかさむものほど、その刺激が間に入ってくれないと、「間が持たない」ような付き合いです。

もっと肩の力の抜けた、特にお金をもたなくてもふらっと立ち寄れるような、そんな場所や付き合いだけで十分だと思います。

そんなことをひしひしと思うからか、実際にそんな感じで暮らしています。

子供らしい 曙光 280


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