大声と空想

大声

自分はスーツ姿×革靴で歩くと、単なるおっさんに見えなくも無い。

さらに会う人会う人に、やたらと恐縮される。

なんだかおかしくて、そんな自分が好きだったりする。

メガネをかけると、
「詐欺師みたいですね」
と言われるので、最近はかけない。

詐欺と言えば、
「小学生になる息子がいます」と、僕が嘘をつくと10人中10人が騙される。

でも、スニーカーでジーパンを引き摺りながら、土埃にまみれたかばんを背負いながら、昼間からビールを飲みながら、さらに酒屋に入って「おっちゃん、まけて!」と10円値切ろうとする自分のほうが好きだなぁ。

自転車に乗ってね、無目的にぶらぶらしてる中学生みたいな感じがいい。

めんどくささが付きまとうから、今はお金を使う遊びしかできない。

でも、それじゃダメだ。

真冬の雨の中、上半身裸で24時間耐久マラソン、みたいなことを平気で実行できなくてはならない。

真面目よりふざけてるほうが楽しい。

真面目にふざけていこう。

(2011年02月18日01:06)

空想

ついに何事にも情熱をなくしたように、書物を読み漁っては眠る。

何にも執着は無いが、情熱も無い。

わだかまりは無いが、興奮も無い。

一冊読んでは空想にふけるような休日。

少しばかり吹く風が優しい。

 

祈るように頭の中を空想で満たす。

お願いとはまた違う。

科学的に理解しようとする試みは、何千年も失敗に終わっている。

かといって、自らを崇めさせる輩に手を貸す気は毛頭ない。

ベングリオンのスタンプがあるおかげで、やはり向こう十年くらいエジプトには行けなくなるのかな。

なんて思いながら、やたらと低い月を観る。

人と話すのも億劫になって、独り気楽にゴロゴロしながら、日ごとの糧に感謝の祈りを捧げた。

無意識と対峙すると、知恵を得られると同時に危険性を孕むと言う。

ペルソナと同化してはならない。

僕の中に抑圧された欲求とエネルギーが逆襲に出るときに、よき方向へと向くよう道標を立ててやらねばならない。

何故か大きな鳥の翼に包まれるような温かな安心感が身体を覆う。

「右の頬を打たれたら、左をも向けようか」

そんな諦めとはまた違う清々しさに包まれる。

眠くなるまで空想にふけろう。

(2011年02月21日02:03)


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