変容

ずっと変わらないものというものはありません。「常に変化している」と知りつつも、それを思い浮かべるとき油断していると「この街もずいぶん変わったなぁ」というような感想を持つのがせいぜいです。そういうことではなく、一瞬一瞬で捉えきれないほどのスピードで全てが変化しています。いわゆる諸行無常です。

変化を認識するために

「変化している」というのはある意味で、印象であって、時間という「軸」の解釈をする機能を持ったものがない限り、変化を認識することはできません。

世の中には「魂だけは不変である」とか言う人がいますが、その魂が不変であることを確認するには時間が必要であり、時間というものがあるならば確実に不変でありません。

変化していないと認識できませんから。しかもその魂に「意志」や記憶のようなデータベースがくっついているのであれば、それは不変ではありませんね。

しかし、どうして魂があると思いたいのでしょうか、そしてそれが不変であると思いたいのでしょうか。

自分を手放したくないという執着

それは「あると思っている自分」を手放したくないという執着であり、自分のこの状態が最高ではないにしろそこそこいいものなので、永続的にこんな感じで過ごしたい、というような思想ではないでしょうか。それはアイツの屁理屈です。

元々離れていたものがくっついて、そこからくっついた状態の「永遠」を望んだりしますが、離れていたものがくっつくには変化が必要です。不変であったらくっつきません。

永遠を望んでいる方には悲報となりそうな話ですが、不変だったら、最初からくっつくこともないのです。

離れている状態から変化があったからくっついたのであって、一度くっついたらそこからは変化しないで欲しいというのはご都合解釈です。完全に水平な線はどこまで引っ張っても交わりません。そんなことは考えればすぐにわかることです。

変容 曙光 8


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