同様に寛容

「灼熱した炭の上に一分間長く置きすぎたので、すこしばかりまさに焦げようとしている。― これは人間の場合でも栗の場合でもまだ差し支えがない!この少しの苦しさと硬さがあってこそ、本当に心がどんなに甘く硬かいかが味わえる。」― その通りだ!諸君のような享楽家はそう判断する!諸君のような崇高な人喰い人は! 曙光 402

灼熱した炭の上、ということで、「焼いた炭の上を歩け」という狂気じみた自己啓発研修についてでも書いていきましょう。

聞いた話ですが、本当に焼いた炭の上を「歩け!その恐怖心、抵抗感を乗り越えろ!」と言われる自己啓発研修があるそうです。

気が狂れているとしか思えません。

まさに、苦行を推奨するような、誤った心の磨き方です。

そして、その自己啓発研修に参加した者同士には、鬼の結束が生まれるそうです。発想が軍隊ですよね。

まあ焼いた炭の上を歩けということで、「できないというのは思い込みだ!」ということを体感させるというようなものですが、さすがに度が過ぎていると思います。

おそらくこの人達が教えたいであろうことは、「できない」という抵抗感が外れて思いが切れた時に、現実が動くということなのでしょうが、兎にも角にも自分への愛がありません。

「何かの偉業を達成する」ということが、自分よりも大切であるかのように洗脳しているとしか思えません。

一歩間違えれば、無差別テロと発想が変わらないというところに狂気を感じます。

無差別テロにも種類がありますが、宗教が絡んだようなものは、本当に「人類救済」とか「楽園に行ける」と思い込んでおり(というよりマインドコントロールですが)、「一般的な人命救助と同じくらいいいことをしている」と思っているからこそ実行しているというのが本当のところです。

会社の自己啓発研修

それで面白いのが会社で自己啓発研修を行ったりしているところです。

個人的な感覚としては、仮に本当に目覚めてしまったら、会社に留まるということが起こらないと思うのですがいかがでしょう?

つまりは、会社主催の自己啓発研修など、奴隷として兵隊として開花させるのが目的であって、本人のためなどとは思っていないはずです。

でも、先ほどの「灼熱した炭の上を歩く自己啓発研修」なんかの内容に近いことをやっているとすれば、「思い込み」によるストッパーが外れるはずです。

ということで、それまでは飛び込み訪問営業をためらっていた人が、飛び込み訪問営業をできるようになるというところまでを目指しているはずですが、本当にストッパーが外れると、会社の中で「飼われている」という状態が馬鹿らしく思えるはずです。

カルト教団にありがちな構造

そういうわけで、会社の自己啓発研修には、そうした能力開花と同時に、忠誠心を養うような「恩」のようなものや「絶対的な上下関係」を植え付けていくということも同時に行われているでしょう。

「疑問に思うことが、行動をせき止めている」

というのは正しいと言えば正しいのですが、そういうマインドを作って、「会社自体を疑問に思うこと」を排除していこうとします。

これはカルト教団にありがちな構造です。

ということで、疑問に思うことが行動をせき止めているというのは正しいとしても、だからといって疑いを全て排除すると洗脳された人になってしまうということを覚えておきましょう。

「変だなぁ」

と思った場合は、その感情、その思考を大切にしてください。

同様に寛容  曙光 402


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