動物はエライという境地 改

うちには現在、養子のうさぎがいます。

そして昔、うちにはインコがいました。セキセイインコを漢字で書けるほど(脊黄青鸚哥)、無類のインコ好きなのですが、最初に共同生活を始めたのは小学校2年生の時でした。

一番長生きした「ピーコさん」は、14歳まで生きました。

よく動物の本などではインコの寿命は7歳から10歳と書かれていますが、僕は嘘だと思っています。おそらくクレーム封じのために、短めに書いているのだと思っています。

インコは、鼻の色で性別がわかるのですが、幼児期には、はっきり色が出ていません。

ということでオスですが、「ピーコ」という名前にしました。

彼が亡くなった時は、一生で一番泣きました。字のごとく三日三晩泣き続けました。一升瓶では収まりきらないほどに涙は出るものです。

亡くなる直前は老衰でもう飛べなくなっていたのですが、指にのせて「ブーン」と飛んでいる時のような演出をしてみたりしました。

インコも人の言葉を話すことができます。

くり返し呼びかけるとその言葉を覚えます。

そんなインコの女性関係での出来事です。

インコの夫婦

ピーコさんには嫁がいました。

「プーコさん」という紫色のインコです。

うちの近くの織物工場に勤めていたおばさんから養女入りしたのですが、年齢はわかりませんでした。おそらく熟女だったと思います。

そして、仲良く夫婦生活をしていました。

その後、子が生まれたりしましたが、早くに亡くなってしまいました。

そんな折に次は若い女子が養女入りしたのです。

すると、こともあろうにピーコさんは、若い子に乗り換えだしたのです。

プーコさんは怒りに狂うようになりました。

三羽で部屋の中に出すと、プーコさんは「猛禽」のように変貌しました。

高いところから急降下し、ピーコさんの頭上を爪で引っ掻いて攻撃しだしたのです。

止めようとしましたが、素早さでなかなか止められず、終いにはピーコさんの頭上に命中し、彼は頭から流血しました。そして、命には別状ありませんでしたが、少しだけハゲ頭になってしまったのです。

そんな一件があってから、別々のカゴで生活をしてもらうことになりました。

それから、プーコさんは木箱の中にこもるようになりました。

なかなか出てきません。木箱を開けようとすると、くちばしで攻撃してきます。そんな中、ピーコさんは新入りの若い子との生活をエンジョイしていました。

たまにプーコさんのカゴに入れると、プーコさんが怒り狂うので、もう夫婦は終わってしまったのだと思いました。

やはりプーコさんは食事の時や水を飲む時以外はあまり外に出てきません。ストレス発散にと、プーコさんを部屋の中に出している間、カゴの中の木箱を覗いてみました。

するとたくさんの無精卵がありました。一つではありません。結構な数のタマゴがたくさん木箱の中を埋めていました。

それを察知してか、プーコさんはすぐにカゴに戻ってきました。

そしてまたすぐに木箱に戻って、無精卵を温めるのでした。

タマゴを産むにはたくさんの栄養がいります。そしてカルシウムもたくさん消費します。プーコさんはそれでもずっと無精卵を産み、そして温め続けるのでした。

そうしていると、やはり当然に体は弱ってきました。

でも、僕たちが手を差し伸べても、彼女は怒り狂うだけです。しかし確実に体は弱ってきています。だんだん元気もなくなってきました。

そこで、ピーコさんに願いを託すことにしました。

攻撃されたらすぐに救出するという前提で、プーコさんのカゴの中に入ってもらうことにしました。

遠くから彼女を見つめます。

そしておもむろに食事をしだしました。

そして、意を決して彼女に近づきます。

彼女はやはり怒っています。弱りきった体から絞るように威嚇の声を発しています。

彼は怯みませんでした。そして、そのまま、先ほど食べた食事を細かく砕いて口移しで彼女に与えだしたのです。

彼女はそれを受け入れました。

それから、彼女が亡くなるまで、ずっと彼女の看病をしていました。

彼女が亡くなった時、彼の目には何が映っていたのでしょうか。

過去記事⇒動物はエライという境地


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