倫理的な奇蹟

倫理学という科目がありますが、何だか哲学とごっちゃにされていたりしつつ、「誰々の〇〇という思想はどういうものか?」というお勉強の類に終わっているのが非常に残念だと思っています。大学の学部に関しても、海外では哲学部というものが結構あるそうですが、日本では文学部哲学科という省庁で言うところの庁くらいの位置付けになっているようです。

義務教育ではそうした哲学や倫理思想、そして道徳がごっちゃになっていて、ありえないほどの短絡的な道徳が教え込まれていたりします。

かなり前に「覚えやすい誕生日」で「母の日の一件」と言うものをお伝えしましたが、世の中には離婚や死別で家にお母さんがいない人もいるにもかかわらず、「みなさん母の日は、なにかプレゼントを贈りましたか?おかあさんに感謝してますか?」ということを言う教師もいるくらいですから、そんな人達が倫理や道徳を語ってはいけないと思っています。

そう言えば「お腹に赤ちゃんがいます」というマタニティマークが裏目になった暴行事件がありました。

でもあれは発想が公務員だからそんなことになったのではないでしょうか?

暴行を肯定するわけではありませんが、子供や女性、高齢者を保護すべき弱者と決めつけ、その他の人間を制限し苦しめていることの歪みがそうした事件を呼び起こしたのだと思います。

マタニティマーク

「お腹に赤ちゃんがいます」というマタニティマークを付けた人が逆に殴られたという事件がありましたが、おそらく殴った人からすれば、そうした弱者保護のお陰で様々なことを制限されていったことの鬱憤が溜まっていたのでしょう。

世の中には、保護されるべき対象であることを印籠代わりに好き勝手やる人がいます。

という僕も20歳位の時、妊婦にレジを順番抜かしされてその場でキレたことがあります。

妊娠すればある種同性の中で「勝ち組」を誇り、社会的に保護される立場だということで自分を優先してもらおうという魂胆が奥にあります。

キャーと奇声を発する子供、「お腹に赤ちゃんがいます」でレジを抜かす妊婦、「子供が乗ってます」ステッカーで強引に割り込む車、そんな光景はよくあります。

一方で、子供を理由に禁煙を強いられたり、雨ざらしの喫煙所に行かされる人もたくさんいます。

明らかに社会に貢献しヘトヘトになったサラリーマンより、百貨店に買い物に行って遊んでいただけの高齢者が優先されるのです。

おそらく被害に遭った人も、どこかしら誇らしげに「保護されるべき弱者」を印籠としていたのでしょう。そういう気質が見抜かれたこそ、被害に遭ったと考えることもできます。

これは、義務教育的に公務員の発想で必要以上に弱者保護に力を入れ、その他の人を虐げた歪みの結果だと思っています。だから全面的に加害者が悪いとすることはできません。

「弱者で保護されるべきだ」という理由をつけて、自惚れに満ちた態度で歩いていないか、見つめ直すべきでしょう。

倫理的な奇蹟 曙光 87


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