人は何度のリバイバルを経験するのか?

最新家電信仰という現象もたまに見かけますが、古いモノ信仰というのもたまに見かけます。

古いほうがデザインが逆に斬新だったりしますが、そういう路線をもう一度作って欲しいというのはたまに思います。

2000GTやS800はなかなかシブいです。

FC3Sも結構かっこいいと思います。イニシャルDの高橋涼介の愛車ですね。

最新のWRX STiも結構好きです。

CR-Z(mixiでおもしろいプロモーションをしていましたね)のことを父に話すと「俺らの時のCR-Xやろ?」と知らされました。

父はCELICA XX 2800GT、4代目プレリュードという具合でした。

叔父は単に「サバンナ」と呼ばれる頃のSA22C型RX-7に乗っていたようです。

それぞれに味があります。

いつの時代もいいものはいいものとして認めればいいのではないでしょうか。

髪型のトラウマ

ただ、やはり寒気がするものがあります。

それは僕の生まれ年付近、つまり80年代です。

どう考えてもかっこいいとは思えないような格好が結構あります。

僕がどうしても絶望的に許せない年代です。

それには理由があります。

この頃の髪型はなぜか髪の毛を「くるんと外向けに流す」傾向にあります。

「近藤真彦 80年代」でイメージ検索していただければイメージは掴んでいただけるかと思います。

小学生の時(既に90年代には入っていましたが)、普段通っている床屋が臨時休業(おそらく病気)だったため、家の近くの違う床屋に行きました。男にしては比較的長髪気味でした。一応ある程度の長髪を保つように切ってもらいました(おそらく94年ごろです)。

そこまでは良かったのですが、80年代を引き摺ったままの床屋のおばちゃん(シャンプー・ブロー担当)にドライヤーで、外に流され始めました。

「ちょっと待ってくれ、頼むからちょっと待ってくれ」

気の弱かった僕は、心の中で何度も叫びます。

願いとは裏腹に櫛に絡め取られた僕の前髪たちは、「ブゥオーー」と、みるみる外に流されていきます。

「はい完成♥」

罰ゲームかと思いました。

「マッチかトシちゃんみたいやねぇ」

「男前になったやん」

そんな言葉をかけてもらいました。

嬉しくない!

恐る恐る鏡を直視すると「田原俊彦 ブギ浮ぎi love you」のような髪型になっていました(画像検索をお願いします)。

「田原俊彦 君に薔薇薔薇 という感じ」という感じになっていました(さあ画像検索をお願いします)。

内気な僕は、床屋を出ると家まで猛ダッシュで帰りました。

全身全霊で頭を隠しながら。

「トシちゃんヘア」になった自分を万が一同級生に見られたら、それはまだしも好きなあの娘に見られたら、そんな思いで全速力で家に向かって走ります。

帰って玄関についた僕は、両親にも見られたくないので、その場で頭をぐしゃぐしゃにし、急いで風呂場に向かうのでした。

そして、泣きながらシャンプーで再度洗うことになります。

「許さん、絶対に許さん」

誰に見られたわけでもないのに、そうつぶやきながら頭を必死で洗います。

そして、風呂場から上がった僕は、おもむろにタンスをあけて物色し出しました。

「80年代の匂いがするものはすべて抹消する」というコンセプトのもと、ケミカルウォッシュのジーパンを見つけては母の裁ち鋏でビリビリに破きだしました。

「すべて抹消する」

僕は本気でした。

止める母を「こんなもん一生着るな!」と初めて反抗的に抗ったのを覚えています。

いくらリバイバルがこようとも80年代は認めません。

流行らせようという試みが今まで何度かありましたが不発だったのを僕は覚えています。僕にはバレています。1999から2003年ごろです。

「アイドル」ということで、モーニング娘。くらいでしょうか。まともに当たったのは。

いまもまた、80年代をなんとかリバイバル、という風潮が見られます。

僕は許しません。

あの日の僕のために許すわけにはいきません。

まあ、許さなくてもあんな髪型が流行るとは到底思えないですけどね。


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