マイ・フェーバリットな仏を探して 改

ブツゾウには全く興味がないのですが、自然もすごければ人の作ったものでも「すごいなぁ」というものはよくあります。

特に音楽などはそうですが、自然発生的にはあんなにメロディが出てこないというのがその理由でもあるでしょう。

また、たまに木目に惹かれる時があります。

やたらと高いヴィンテージギターなどは、良い木材を使用していることもその理由ですが、その木目の美しさでさらに値段が跳ね上がります。

何でもかんでも高級家具に使用されすぎて、今では良い木材がかなりの希少価値を持っているようです。

確かに、何十年単位ですからね、合板でもない綺麗な木目の木が育つまでにかかる時間というのは。

実際に木の持っている構造で倍音とサスティーンが変わってくるので、同じように見えるギターやベースでも、その個性はまちまちです。

ここから先は檀家さんだけになります

といいつつも、西国三十三所は、そのほとんどに行ったことがあります。

そのうちの京都にある札所で、「特別公開入口」というものを見かけたので、入ろうとしました。

すると、「ここから先は檀家さんだけになります」と言われました。

特にその先に行きたかったわけではなかったのですが、その時思わず「むっ」としました。

ブッダの威光を借りて商売していることが、丸わかりになりました。

もう何年も前の話ですが、そこでよくわかりました。

「こういう人にお金を落としてはならない」

特に見たかったわけでもなく、見たからといってどうなるわけでもないので、そそくさと帰ることにしました。

ネパールでのできごと

ネパールといえば、ブッダの生まれ故郷ではありますが、ヒンドゥー教の盛んなところです。そこで現地人に案内してもらった時に、たくさんの仏像や多神教神の像をみてみました。

そうすると、ところどころ半分しかなかったり、土台しかなかったりします。聞いてみると、昔々に偶像崇拝を禁止するイスラム教徒に壊されたのだそうです。

もちろん仏像にも興味はありませんが、偶像は全般的に興味がありません。

もし、ブッダがそんな世の中を見たのなら、「作って拝もうってのもボンノウ、それを壊そうとするのもボンノウ」

そんなことを漏らすのではないか、と思っています。

一方、イエスも結婚式で「この人を愛し続けることを誓いますか?」と「永遠の愛の契」をかわそうとしている時に、天から現れて、

「しかし、わたしはあなたがたに言う!いっさい誓ってはならない。天をさして誓うな。そこは神の御座(みざ)であるから。
また地をさして誓うな。そこは神の足台であるから。またエルサレムをさして誓うな。それは『大王の都』であるから。
また、自分の頭をさして誓うな。あなたは髪の毛一本さえ、白くも黒くもすることができない。あなたがたの言葉は、ただ、しかり、しかり、否、否、であるべきだ!それ以上に出ることは、悪から来るのだ!」

と、説法しに来るのではないかと思っています。

どうなんでしょうね?イエス兄さん、ゴータマ兄さん。

過去記事⇒マイ・フェーバリットな仏を探して


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