プレシャス・プレイ 改

安定的なものより、偶発性のあるものの方が刺激的で興奮するというのはかなりわかりやすい話です。

ギャンブルやガチャなどが典型です。

また、「○○エディション」たるいい文句で、希少性を大々的にアピールして人を惹きつけようとする戦術もあります。

ものとしてはほとんど同じなのに、なぜか価格が1.2倍でも気にならないという馬鹿げた話ですが、なぜかこれに飛びついてしまう習性があります。

最近では猫も杓子も「限定」を乱発するので、それほど効果はなくなってきましたが、やはりある程度姿形を変形させて「限定」での希少性を持ち出してくるのをやはり見かけます。

「地域限定モデル」なら、お菓子等なら代替商品というか、味までいつものものとは違うので、まだ試す価値はありますが、殆どの限定モデルは、「話のタネ」や「自慢」がせいぜいでしょう。

ものを本質的に見る目を狂わせる代表的な例です。

たとえば既製品の普通モデルを100と置き換えれば、97%位が一緒です。

そんな数パーセントに一喜一憂するのも馬鹿げているような気がします。

「○○エディション」もそうですが、マイナーチェンジとされる軽い改良で買い換える人がいます。

「最新モデル」を持っている自分に酔っているのでしょうが、この手の人はイノベーダーでもアーリーアダプターでもありません。

ただの浪費家です。

イノベーダーやアーリーアダプターは、そんなマイナーチェンジの中、既に別のものに着目しています。全く視線が違うのです。

「○○モデル発売」という情報など飛び越えて、まだ雑誌にも載っていないような商品の方を見ています。

なんだかトレーダーの世界のようです。

一方で、同様に使い古してきたものは、劣化といっても元の商品の3%くらいしか劣化していないことがほとんどです(物理的に見た場合ですが)。

「エンジンが全く動かない」など、致命的なダメージがあれば、買い替えもわかるのですが、服が少し破れたり変色しただけで、97%は新品と物理的な構成は変わらないのに捨てられてしまいます。

そこには「恥ずかしい」「貧乏臭い」という気持ちが働くからです。

「気持ち」が働くためです。

「時代遅れ」という気持ちが働いて、ビリビリに破れたわけでもないのに捨てられてしまいます。

数々の原料が生まれ、集められ、加工され、誰かはデザインし、誰かは染色し、誰かは縫製し、誰かはダンボールに詰め、誰かは輸送し、誰かは陳列し。。。というプロセスを経た服は、醤油がこぼれただけで捨てられてしまいます。

それが悲しいわけではありません。

そういう気持ちを見つめながら、商品を選んでいきたいなぁ、と思うだけです。

過去記事⇒プレシャス・プレイ


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