クリスマス被害者の会

僕は12月生まれです。なぜか友人は11月から2月の間に生まれた人が多い傾向にあります。

生まれた日は大雪が降っていたそうです。いまでは好きな季節というものがありませんが、雪国でもないのに、もしからしたら雪が降り始める季節、小さい時は12月が一番好きな季節でした。

クリスマス被害

12月後半から1月前半生まれの方には実感があるかと思いますが、このシーズンは年末年始であり、また、クリスマスというクリスチャン以外は理解不能な商用利用された「祝われる日」があります。そのそもなぜChristmasがX’masと略記されるのかもよくわかりませんがキリスト+ミサからキリストをメシアを意味するギリシャ語、クリストス(Χριστος)と表記する際の頭文字から来ているそうです。

そんなことはどうでもいいことです。それよりもなんのイマジネーションも働かない、「母の日での一件」でのあの教師のような人間の上辺だけの債権債務関係のような取り扱い方に対する憤りです。いまでは別に気にもなりませんが、世の中に同じような思いをされている方がもしかしたらいるかもしれません。その方の周りの方へのメッセージでもあります。

ケーキを買おうとしたら勝手に「クリスマス仕様」

僕も例に漏れず、12月生まれ特有の、ケーキを買おうとしたら勝手に「クリスマス仕様」にされていたり、お誕生日会をクリスマス会と混同されたりと、「12月生まれクリスマス被害者の会」の一員でもあります。

今でこそマシになりましたが、小学生の頃などは、ケーキ屋に「クリスマス仕様のケーキ」しか売っていない、ということもありました。この時期に買うということは、クリスマス用だろうという勝手な思い込みです。誕生日なのにメリークリスマスと書かれたケーキを見せられる人の気持ちがわからないということですが、それは結局、簡易迅速主義が発展した結果、客の用件を聞くまでもなく仕事を手抜きしたいことの表れです。

盆のシーズンに誕生日用花束を買おうとしているのに、花屋が仏花しか置かないようなものです。同様に、レジで「クリスマスケーキですか?」と聞かれることすら鬱陶しい、そんな気持ちはこの季節に生まれたものしかわからないのでしょう。

クリスマスや正月と一括祝い

聞くところによると、12月後半から1月前半生まれは、ひどいケースになると、「クリスマスや正月と一括祝い」になったりするそうです。

「何かを贈る義務が生じる」というような感覚くらいでいるからそんなことになるのでしょう。我が家では「祝い事というものはそういう性質ではない」ということで完全に区別されていました。ありがたいことです。

昔の人には結構多いようですが、元日に生まれるように計算して子作りをしていたそうです。ということで、うちの祖父母は二人とも1月1日生まれです。正月に、「あけましておめでとう」と言うのではなく、「お誕生日おめでとう」と言って花束を渡すことが趣味になりました。世間はどんな盛り上がりをしていても、世間は関係ありません。世間を優先するというのは、相手にとって少し失礼な気がします。祝い事の目的を考えれば、世間に合わせることはトンチンカンそのものです。

ただ、本当に贈り物がクリスマス仕様しか売っていない場合があります。それをクリスマス被害者の会のメンバーは知っています。仕事帰りに何かを買いに行ってみたらそんな仕様のものしか売っていなかった、それは仕方ないことです。もう周りの店を見て回る時間はありません。

そんな時に悪いのは誰でしょうか、答えは簡単です。供給者です。

クリスマスというものを商用利用し、12月生まれの人の存在を無視している供給者に問題があります。買いに行く人ではありません。売っている側です。最近ではかなりマシになってきましたが、まだまだです。

繁忙期だからといって手抜きされて被害を被るのは、12月生まれです。そして12月生まれに何かを贈ろうとしている人たちです。

ということは、こういう時に手抜きするかしないかで、12月生まれを味方につけることができるチャンスです。供給者はそれくらいの感性すらもてないようだと、すぐに潰れますよ。


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