アイツ騙しで強力な執着による集中を呼び出した結果

ご無沙汰しています。bossuです。

最近、自分の体を使って実験しています。

別に怪しい実験ではありません。

怪しい実験ではないのですが、だからこそ更新頻度が減っているという点もあります。

では、それはどんな実験でしょうか?

それは、一つのことに執着して集中してみるということです。

もうそろそろ実験結果も出ましたので、ついでながらのご報告と、第一段階での実験終了を宣言します。

なぜ終了するのかというと、実験だからです。

そしてもう一つの意味があります。

それは、一旦終わらないとその先には進めないからです。

執着して集中してみる

今回は、自分のアイツを自分のアイツで騙すということをして、その結果どうなるのかということを試してみました。

アイツを騙すということはどういうことでしょうか?

アイツについて言及するのが久しぶりな気がするので、念の為に定義を示しておきますが、アイツ=自我です。

ではどうやってアイツを騙すのでしょうか?

これはお伝えしたいところですが、生半可な解釈だと悪用する人や、取り返しの付かないほど(結局取り返しはつきますが)、暴走をする人が出てくる可能性があるので、概要だけにしておきます。

要は、こちらが設定した「普通の状態」というものを錯覚させて、現状とのギャップに違和感を感じさせて、無意識的な行動を起こさせるというものです。

イメージとしては、体が清潔な状態が「普通」で、今は汚れていると錯覚させて、風呂場へ行って体を洗うという行動を取りたくて仕方なくする、という感じです。その普通の「清潔な状態」というものを意図的に再定義して書き換えるというものです。

この清潔な状態の定義というものは、ゴミ屋敷のようなところに住んでいる人と潔癖症の人とでは、水準が異なります。

まあこれくらいの説明にしておきましょう。

で、設定がうまくいくと、なにか外発的な動機がなくても、勝手に行動を起こすようになります。

しかしながら、これはある種ポジティブな行動ではありません。

厳密に言えば欲による衝動というよりも、怒りによる衝動(不快感を排除するという意味で)による行動喚起です(欲も怒りも根本は同じであることをお忘れなく)。

で、行動を起こさせてみた結果(人事みたいな語り草ですが、他人をコントロールしたわけではありません)、やはり想定通りの結果になりました。

実際の行動の結果はさておき、その行動をとっている間、どのような現象が起こるのか、それを一度確認しておこうと思って、今回の実験を行いました。

今となっては、少なくとも幸せではない

この実験をしている間、少しは楽しかったのですが、幸せであったとはいえません。

いきなり感情論かと思う人もいるでしょうが、感情はストレートな反応なので、良い指針になるという意味と、かつ、ある意味では瞬間瞬間の状態がどうあるかが生きているということの全てですから、一応そういう表現をしておきます。

「今となっては、少なくとも幸せではない」と表現しましたが、この感想は、実験前の自分と比べて、レベルを落とす行為だったからです。

少し前に「8年くらい前と同じくらい頭が回るようになってきました」というものを書きましたが、8年前くらいの自分であれば、その当時の自分よりもレベルは高くなっていくことを実感できたはずです。

しかし、その当時よりもはるかに高いレベルになってから(もちろん自分の中で)、今回の実験を行うと、やはり行動の結果に見合わない煩いが多かったという感想です。

まあ、不快感を解消するという衝動を利用するという方法論なので、もちろん無駄な「不快感」がやってきます。

だからこそ、少なくとも幸せではない、ということになります。

ただもう少し深い意味があるのでそれはまた後ほど。

集中すると盲点が発生する

今回面白かったのが、ある対象について執着して集中すると、盲点が発生するということです。

レベルを落として実験をしたことが関係しているのかもしれませんが、効率が悪いことと盲点によってさらに効率が下がるという二重の非効率性がわかりました。

ところで、先ほどから「レベルを落として」と表現していますが、このレベルというものは、思考の抽象度です。

簡単にいえば、業界人同士が話すときは業界用語の短い単語の使用のみでスラスラ話せるのに、全く未経験の人に説明するときには、具体的な例や用語の定義を示さなければなりません。その時の効率の悪さのようなイメージです。

同時に、画像ならば一瞬で説明できるようなものを、言語だけで表現して相手に伝えなければならない場合に近いかもしれません。

例えば「アントニオ猪木氏」を知らない人に、アントニオ猪木氏の顔を伝えるときに、写真やイラスト等を使わずに言葉だけで伝えなければならない場合をイメージしてみてください。

頭が悪くなる

そこでですが、執着して集中させると頭が悪くなることがわかりました。

いつもならば同時にたくさんのことを俯瞰できるのですが、様々な情報を単一方向で考えてしまうため、情報がまとまらず本質が見えてこないという現象が起こりました。

これは、例としては、「売上アップ」が目標の時に、ひたすら営業要員の数や営業要員の労働時間を増やすという、単純な数の増加による方法論しか考えられないことと似ています。

「売上アップ」ではなく、利益の増大という目的であれば、経費の削減も対象になります。

また、「売上アップ」だけについて考えたとしても、単純な数量増加による営業力の増強だけでなく、販促などの営業補助や、よりよい商品の開発、再ブランディングなども視野に入るはずです。

そういうところに頭が回らなくなるという意味で、「頭が悪く」なります。

さらにいうと、頭を使わない作業ほど時間がかかり、かつ、ストレスを感じます。

実験終了としてトリガーを設定する

そして、この実験は、放っておくとアイツの世界に導かれたままになる可能性があったため、必ず元に戻れるように、アイツを騙す際に、その効果が切れるように、先に設定をしておきました。

今回は、自分のブログの「特定記事を読む」ということを終了の合図にしました。

読む日付を設定したわけではなく、実験結果がある水準に達した時に、自分のブログを再読するということを設定し、かつ記事を読めば読むほどアイツ騙しは解けるということを最初に設定しました。

ようやくその時が来たので、今そんな記事を書いています。

集中させるための動機まで勝手に仕入れ出す

今回の実験で、アイツの性質がさらによくわかったのですが、設定した目標に到達(不快感を取り除く)ということのためには、あらゆることを利用しだすということです。

過去の良い思い出も悪い思い出も、すべて引っ張り出してきて、睡眠を阻害してでも行動を起こさせようとします。

アイツを利用した「アイツ騙し」は、それほど強力です。

おかげで、若干不眠症気味でした。

ご利益信仰の根本的な欠陥

さて、先ほど「まあ、不快感を解消するという衝動を利用するという方法論なので、もちろん無駄な『不快感』がやってきます。だからこそ、少なくとも幸せではない、ということになります。ただもう少し深い意味があるのでそれはまた後ほど」と書いたので、その深い意味について少し触れておむすびに入ります。

今回の実験は、アイツを騙すことにより、不快感や不足感を設定して、それをベースとして衝動に変えて、無意識的な行動を取らせるということが本題になります。

で、いきなり、「ご利益信仰の根本的な欠陥」という関係なさそうな見出しで、混乱される可能性もありますが、結構関係があります。

この構造はカルトによくある構造だからです。

カルトの基本は、ある行動が、上位存在へのお願いになり、その行動が上位存在の意志に適っていれば、願いが叶うというような構造です。

簡単にはご利益信仰です。

しかしながらこの構造は、仮に上位存在というものを想定した場合でも、人間の行動によって、人間がその上位存在の行動をコントロールできる、と考える構造です。

そして、行動が条件になっています。

タチの悪いカルトの場合は、行動としての条件の他に、動機としての不安感や不足感、恐怖心を煽ります。

そんな条件そのものや、その根本にある恐怖心自体が煩いの原因だということを指摘した人は、何人かいます。

確かに、この実験のような方法論で、ある行動を起こしたり、何かを形にすることはできるでしょう。しかし、それは根本的にはご利益信仰と変わりのない、煩いの世界です。

「ご利益」自体に価値が無いことに気づいた瞬間に煩いが無くなるというパラドクスです。

ご利益を求めると、ある行動を起こしても、「その行動は相手の求めている形式として正しいのだろうか?」とか「ご利益はいつ頃になるのだろう?」という煩いがセットでやって来ます。

「そんなの関係ないよ」

というシンプルな答えこそ全てです。

面白いことに、マタイによる福音書6章もそんな感じですね。

「そんなの関係ないよ」

その意味がわかった時、それが「どんなご利益も到達することのない福音」となるでしょう。

無理に「信じること」が条件になっているわけでは無いことに注意してください。

まあマタイについては、参考程度に記したまでですので、言葉にはとらわれないようにしてください。

そんな感じで実験終了です。

明日くらいからはよく眠れそうな気がします。


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