ようやく折り返し地点です

今ここで、ハーフマラソン完走くらいです。ようやく折り返し地点です。

かなり脱線気味のものから、引用多発のものまで、お題が決まっていると、意外と書きやすいものです。

これだけ連続でみうらじゅんさんの「さよなら私」のタイトルばっかり見ると、少し変になりそうです。いえ、ずっとタイトルを見ているから変な気分なのではなく、出しまくっているから、喪失感による爽快感ですね。

インプットばかりの時は、新しい考えをまとめる処理で頭がフラフラになりましたが、アウトプットするぶんには、そんなに頭はフラフラになったりしません。

脳は疲れないらしいです。疲れるのはその他のパーツです。

LEDも理論値では40000時間ほど持つらしいですが、基盤など、他のパーツが先にやられるそうです。そんな感じでしょう。

よく「雑誌程度の知識」とかいうことを言いますが、この際少し触れておきましょう。

どうしても、言語で表現するにも材料というものが必要になります。

普通に暮らしている場合は問題ないのですが、記事を書く事を仕事に選んでしまった場合、インとアウト、つまり「入」と「出」の均衡が崩れます。

そうなるとかなり希釈して書く事になるか、どこかから記事を引っ張ってきて「まとめ」などと題して転用します。

浅いもぎたての知識・内容なので、もちろん中身は薄っぺらくなります。

それだけならいいのですが、推定を断定して書いてしまうので始末が悪い、そんなことをぼんやり思っています。

詳しくは過去記事でもどうぞ

結論が変

付き合いから3ヶ月目にくると言われる「あれ」

人とお付き合いをはじめると、お話をします。

初めは知らない世界のことを教えてくれるので、面白くて刺激になりますが、3ヶ月も経つと、話すこともなくなってきます。

これは、相手からの情報による刺激に耐性ができた上に、情報すら枯渇している状態です。

そして、なんとなく面白みがなくなってきます。

実際は3ヶ月と言わず、どれだけの時間一緒にいたか。どれだけ話したかにもよるのでしょうが、大体はこれくらいです。

そして、その人といても面白くないので、外の刺激に頼るようになります。それが、テーマパークデートとなどと呼ばれます。

刺激による「面白み」を基準にすると苦しくなります。

沈黙を楽しめるように、お二人で一緒に瞑想でもいかがでしょか。

なんてことはないですよ。

一緒に山の稜線でもボケーっと見ていればいいだけです。

簡単でしょう。


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