じゃまくさいが正しい

他人と比較すると苦しくなるのは、再三書いてきたことですが、改めてじゃまくさいについて考えてみたとき、そのまま行くと、「他人と比較しない自分づくり」が必要なのではないかと思ってしまいます。

でも、そんなことをしなくてもかまいません。

そんな試みを行ったところで必ずがっかりするでしょう。

自分というものを意識している限り、そこからは抜け出せないからです。

「自分」という存在が「ある」と思っているからこその他人との比較で、自分がなければ比較することすらできません。

じゃあ「自分があると思わないようになるにはどうしたらいいだろう」と考えても、それは「他人と比較しない自分づくり」の範疇です。

無理に理詰めで考えて、それを根拠に思い込もうとしても、ある程度までは自分を騙せますが、結局は元の木阿弥です。

わかりやすい例

僕は行ったことはありませんが、自己啓発セミナーなどにいって、しばらくの間は「なんでもできる自分」というふうに自分が変わることがあります。

そこで、「自分は覚醒した!」と思うのですが、数回寝ると、元のだらしない自分に戻ったりします。

これは映画の主人公を見て感情移入している状態と似ています。

自我の範囲にいるときは、それで自分を騙して、自我によるストッパーをある程度解除することによって、行動が可能になったり、今まで以上の結果を残したりすることができます。

ですので、「正しいのだ」と思ってしまいますが、絶対的に正しくて、本当に自分が覚醒したのなら、変化しないはずです。

経験してみることもいいかもしれませんが、それは錯覚だということです。

錯覚でもいいから「結果が欲しい、お金が欲しい」とおもって、「自分騙し」をしてもいいですが、結局は苦しみから逃れることはできません。

じゃあどうしたらいいんだ!

どうすることもできません。

ストレートに言うとそう言うしかありません。

「何かをどうにかしなければならない」と思うのは自分があるからです。

それはまさに「アイツ」の意見だからです。

そんなことは考えずにただただ、「そんなもの、そもそもはない」「そんなことは関係ない」と思っておきましょう。


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